生きた『とびんにゃ』や砂抜き済みの『とびんにゃ』を購入することもできるが、店主自ら獲り、時間をかけて砂抜きする店も多い
塩ゆでが基本だが、海水でゆでることが多い。ゆですぎると身がかたくなるため、ゆで加減が重要だ
奄美大島では味噌汁に入れたり、味噌漬けにすることも多い。工夫を凝らした料理を提供している店もある
飲食店街が並ぶ屋仁川通り(やんごとおり)の突き当たりにあるお店の入口は緑の葉に包まれている。
「1987年のオープン時に植えたブーゲンビリアが大きくなったんですよ(笑)」。迎えてくれたのは店主・栄俊久さんだ。店内には栄さんが企画した音楽イベントのポスターが壁や天井にぎっしり貼られ、お客さんが置いていった置物もずらり。「捨てられないですからね〜(笑)」。その一つ一つがお店の歴史だ。
こちらで食べられるのは、居酒屋料理とともに奄美ならではの料理の数々。『とびんにゃ』についてうかがうと、
「海水でゆがいて食べるだけだよ(笑)」という単純明快な答え。生きたまま水槽に入って届く『とびんにゃ』を2日ほどかけて砂抜きした後、海水でゆでるのだ。
「ゆでる時間は約3分。沸騰したらお湯からあげます。ゆですぎるとかたくなってしまうんですよ。1年中食べられますが、奄美に一足先に訪れる春のはじめくらいが身が大きくなって美味しいですね。5cmくらいが普通の大きさです」。
ゆであがった『とびんにゃ』は殻から身が少し飛びだしており、身の先端には奄美ではツメ(正式にはフタ)と呼ばれるかたい部分がある。
ツメを手でつまみねじるようにして殻から身を出して食べると、濃厚な味わいが広がる。
「つまようじを使うこともあるけど、手でもきれいにとれますよ。生きた『とびんにゃ』をゆがくと、身が殻から最後まできれいにツルッと出てきます。死んだやつだとちぎれて出てこないんですよね。身の先についている黒い部分はワタ。大きさは違うけど、サザエみたいな感じですね。入口付近の身は歯応えがあって、奥の肝は甘いですね。一緒に食べると美味しいですよ。奄美では、みなさん好きで、たくさん食べられます」。
子どもの頃は自分で『とびんにゃ』を獲っていたという栄さん。
「『とびんにゃ』は浅い砂地にいるので潜らなくても獲れるんですよ。そして『とびんにゃ』は海中で、ツメを弾くようにして飛ぶように動くんです。奄美の言葉で『にゃ』は“貝”のこと。飛んでいるように見えるから『とびんにゃ』なんです。海で獲ると表面に藻などがついているのできれいに洗って砂抜きしてゆでて食べてました。子どもの時はおやつがわりでしたね(笑)。今は、水中銃をもって潜りに行ったりするんですよ。獲った魚介はお店で出すこともあるんです。『とびんにゃ』を含めて、海で見る魚介の量は減ってきたように感じます。獲り過ぎなのか、温暖化の影響なのか…。味は変わらず美味しいですが」。
『とびんにゃ』を使った『とびんにゃパスタ』も作っていただいた。
「私のオリジナルのパスタです! 具材はゆでた『とびんにゃ』、キャベツ、アオサ、ニンニクだけ。オリーブオイルで野菜類を炒め、『とびんにゃ』のゆで汁に少し味付けしたツユを入れて火を加え、ゆでた麺にからめてできあがりです」。
とびんにゃの殻から出る出汁の旨味が加わった和洋折衷のパスタだ。アオサが入ることで海の香りも漂う。
「その他、『とびんにゃ』は中の身を取り出して、酢みそと合わせて食べても美味しいですね」。
栄さんは子どもの頃から料理好きで料理人を志し、全国で和洋中の料理にたずさわった。そして、敬愛する画家・田中一村の名前に由来するお店を地元・奄美で開いた。メニューの後半には、方言、食材、行事についてなど、奄美のことについて書かれたページがある。遠来から訪れる方々に奄美のことを少しでも伝えたいと栄さんは願っているのだ。
「奄美のいいところ…たくさんありますが一番は人がいいってことかな(笑)」。
生きたまま水槽に入った『とびんにゃ』を仕入れる。2日ほどかけて砂抜きをしっかりと行なっている
海水で約3分間ゆで、ゆですぎてかたくなってしまわないように、沸騰したらお湯からあげる。
具材はゆでた『とびんにゃ』、キャベツ、アオサ、ニンニク。『とびんにゃ』殻から出る出汁の旨味が加わった和洋折衷のパスタだ
居酒屋料理とともに奄美ならではの料理を食べられる。海水でゆでる定番の『とびんにゃ』に加え、オリジナルの『とびんにゃパスタ』も美味。『とびんにゃ』の殻から出た出汁がからむ和洋折衷の味わいだ。店内は隠れ家のような雰囲気で、60年代後半から70年代前半のフォークシンガー好きの店主・栄俊久さんと話す音楽談義もおもしろい。