豆腐店はどこも独自の水源をもっており、きれいで美味しい水をふんだんに使って豆腐作りを行なっている
豆乳に入れる野菜の種類、入れる前の下準備など、作り手によって異なるようだ。見た目に美しく仕上げる工夫も行なわれている
大豆から豆乳を作り野菜とニガリを入れて固めるというベースは同じだが、豆乳の絞り方、野菜の入れ方などに違いがある
早朝、椎葉村の中心地からさらに山間へ。菜豆腐を昔ながらの方法で手作りする那須とうふ店を訪ね、菜豆腐の作り方を初めから見せていただいた。
一晩水につけてふやかした大豆をミンチ状にくだいてどろどろにし、お湯をはった大鍋に入れる。これを煮立たせていく。
「焦がさないように大きなしゃもじでまぜよります。このしゃもじのことを『カマイゲ』と呼ぶんだけど、私がお嫁に来てからもう40年使いよるとよ。その前から使われよったはずだから、もう50年以上使いよるかな(笑)」。
豆腐作りは由似子さんが中心。椎葉の山々で林業を続けている計次さんは、力仕事を手伝ったり野菜を刻んだりしながら、由井子さんをやさしく見守っている。
煮詰めている間に野菜を切ったりもするのだが、急に釜の中が生クリームのようにモコモコとふくれあがってくる。
「こんな状態になったら、水を加えて抑えます。油断してちょっと横向いてる時にふきこぼれたこともあるよ。鍋の半分くらい外に流れちゃったかな」。
吹き上がったら水をさすということを数回繰り返しながら約1時間ほど煮込む。
「小さい頃から手伝いよったし、煮込み終わりのタイミングは泡の状態でわかりますよ」。
大鍋の中にあるトロトロのものを絞り、豆乳とおからにする。あたりには大豆の甘い香りが漂ってくる。
次に、豆乳ににがりを入れてよく混ぜる。そこに細かく切った人参と平家カブの葉をゆで汁ごと入れる。
「春は菜の花、5~6月は藤の花びら。秋、冬は時期に応じて旬の野菜を入れよるね。そうそう、昔は大豆が煮たってきた上積みの液のかすみたいのも、おからも一緒に入れよったよ。菜豆腐は、量を増やすために野菜を入れよったぐらいやけんね」。
ふと気がついたのだが、作業場の中に幾つもある蛇口からは水が流れっぱなしだ。
「ここん上の川の水やけん大丈夫よ。いい水よ~」。
少し固まりはじめておぼろ豆腐のようになったものを枠の中に流し込み、ふたをして重しをする。15分ほどでできあがり。1度にできるのは、通常の倍はある“椎葉サイズ”の豆腐が10丁だ。すぐさま10等分されて水槽の中へ。白、橙、緑の3色が水の中で揺れる。
しっかりと固めにつくられた菜豆腐。豆腐本来の味を、平家カブの葉の苦みとざっくりした歯ごたえが高めているようだ。
「醤油かけたり、焼いたり、ゆずこしょうつけて食べたりも美味しいよ」。
今日の仕事が終わり、初めて椎葉に来た時に何もなくてびっくりしたことなど、昔話をしてくれる由井子さん。「そういえば、昔は石臼で大豆をひくのに2時間くらいかかりよったね」。
由井子さんの手はあたたかくてやわらかくてぶ厚い。物を大切にする椎葉で、長年正直に豆腐づくりをしてきたことの証だ。
すぐ上を流れる川の水を使っている。冷たい水仕事を素手でこなす由井子さんだが、手がツヤツヤなのは、水の力かもしれない。その力が菜豆腐にも加わる
取材におじゃました時は、人参と平家カブの葉を使用。春の菜の花や藤の花などをはじめ、季節に応じて旬の素材を混ぜこんで作っている
塩ゆでした野菜を豆乳に加える時、ゆで汁も一緒に投入する。大鍋で作るという昔ながらのやり方で手作りしている。かつては燃料に薪を使っていたのだそう
豆乳作りにも、ニガリを入れた後の豆腐作りにも、50年以上使っているという『カマイゲ』(大きなしゃもじのこと)がなくてはならない道具。大きな鍋の中をゆっくりじっくりかき回す。『菜豆腐』には、平家かぶなど季節の野菜の他、春は菜の花、5〜6月は藤の花びらなどが加えられ、白い豆腐に季節の色がちりばめられる。
椎葉村に残る鶴富姫と那須大八郎の悲恋物語の舞台でもある鶴富屋敷(那須家住宅)。その横に建つ那須家32代目が営む旅館だ。自家製のゆず味噌でいただく『菜豆腐』をはじめ、椎葉産のそば粉を使った手打ちそば、川魚や山菜など、椎葉の旬の食材を使った郷土料理を味わえる。昼食のみの利用も可能(要予約)。
「村内には菜豆腐を作る店が4軒ありますが、そのうち毎日2種類を順場に販売しています。店内で食べられる菜豆腐も日替わりです」と店長の山中宏昭さん。椎葉サイズの1/2(通常の1丁分)の菜豆腐は、野菜の風味を堪能したい。椎葉産そば粉100%で作る十割そば『椎葉そば』を求めて、遠くから訪れる人もいるとのこと。
椎葉村に詳しい椎葉英生さん・喜久子さん夫妻が営む民宿。椎葉の風土について様々なお話も聞ける。「『菜豆腐』は表面を軽く炙って醤油を少したらして食べたり、味噌をつけて炙る田楽みたいにして食べると美味しいですよ」と喜久子さん。宿泊すると朝食でいただくこともできるが、事前に予約しておけば食事だけの利用も可能。