豆腐店はどこも独自の水源をもっており、きれいで美味しい水をふんだんに使って豆腐作りを行なっている
豆乳に入れる野菜の種類、入れる前の下準備など、作り手によって異なるようだ。見た目に美しく仕上げる工夫も行なわれている
大豆から豆乳を作り野菜とニガリを入れて固めるというベースは同じだが、豆乳の絞り方、野菜の入れ方などに違いがある
「毎朝3:30から仕込みを始めていますね」。
那須豆腐店の那須重美さん・サヨ子さん夫妻の朝は早い。
大豆をくだき、水を混ぜて煮込むとドロドロの状態に。それを2回しぼり豆乳とおからに分ける。
「豆乳も、その豆乳から作る豆腐もなめらかな口あたりになりますね。おからの口あたりもやわらかです」。
できあがった豆乳にニガリを入れて固めれば普通の白い豆腐となる。ゆでた野菜を入れて固めれば菜豆腐だ。
「昔は平家カブや大根をよく使っていたと聞いています。私たちは1年を通じてゆでた人参とホウレンソウを入れています。ゆでた後に水気をしぼって入れます。しかし、かつてニガリが貴重だった頃は、野菜のゆで汁をそのまま入れて、野菜のアクをニガリの代わりに使っていたようですね」。
人参、ホウレンソウ、ニガリが入った豆乳を枠に入れ、上から圧をかける。
しばらくして豆乳が固まり菜豆腐のできあり。枠が外されて、白い豆腐の生地に鮮やかな緑色と橙色がちりばめられた大きな菜豆腐が現れる。
「きれいな菜豆腐ができた時は切りたくなくて、眺めていたいと思うこともあります。しばらく撫でてますね(笑)」。
できあがった菜豆腐は切り分けて水の中へ。1枠で15丁分。ただ、椎葉の1丁は900~950gもあり、通常の豆腐の2丁分だ。
彩りのきれいな菜豆腐をもったいないと思いつつ、箸でくずしていただくと、豊かな野菜の風味が広がる中、豆腐自体にもほのかな甘味を感じる。
「何もつけなくてそのままでも美味しいし、ゆずの絞り汁としょうゆをかけて食べるのもいいですね。美味しい豆腐を作るためには、水、豆乳など、それぞれの段階での温度管理が大切です。豆乳とニガリの混ぜ方も重要ですね。水は湧き水を使っていますが、その水自体にやわらかい甘味があるのかもしれません。収穫量が少ないのでいつも作れるわけではないのですが、椎葉の大豆を使うと、甘さも香りももっと濃い豆腐ができるんですよ」。
一丁一丁を自らの手で作る仕事に、とてもやりがいを感じているという那須さん夫妻。
「寝てもさめても一緒ですし、二人いないと豆腐作りはできません。二人で仲良くやっている時は、特にできがいいみたいです(笑)」
湧き水を使っている。「水自体にやわらかい甘味があるのかもしれません」とご主人の那須さん。その味が豆腐の味わいにまるみをもたせているようだ
年間を通して人参とホウレンソウを使っている。白い豆腐の中にちりばめられた橙色と緑色が美しい。「しばらく眺めていたい時もあります」と那須さん
大豆から豆乳を作り、ニガリを入れる。人参とホウレンソウはゆでた後、よく水気をしぼってから入れる。野菜をゆでる時に塩は使わない
ゆでて水気をしぼった人参とホウレンソウがちりばめられ、橙色と緑色が美しい『菜豆腐』。野菜の旨味に加えて、豆腐自体にも甘味が感じられる。大豆そのものの風味と、ほのかな甘味を感じるほどやわらかい湧き水がうまく引き出されているのがその理由だ。各段階での温度管理に注意しながら、夫婦二人三脚でつくっている。
椎葉村に残る鶴富姫と那須大八郎の悲恋物語の舞台でもある鶴富屋敷(那須家住宅)。その横に建つ那須家32代目が営む旅館だ。自家製のゆず味噌でいただく『菜豆腐』をはじめ、椎葉産のそば粉を使った手打ちそば、川魚や山菜など、椎葉の旬の食材を使った郷土料理を味わえる。昼食のみの利用も可能(要予約)。
「村内には菜豆腐を作る店が4軒ありますが、そのうち毎日2種類を順場に販売しています。店内で食べられる菜豆腐も日替わりです」と店長の山中宏昭さん。椎葉サイズの1/2(通常の1丁分)の菜豆腐は、野菜の風味を堪能したい。椎葉産そば粉100%で作る十割そば『椎葉そば』を求めて、遠くから訪れる人もいるとのこと。
椎葉村に詳しい椎葉英生さん・喜久子さん夫妻が営む民宿。椎葉の風土について様々なお話も聞ける。「『菜豆腐』は表面を軽く炙って醤油を少したらして食べたり、味噌をつけて炙る田楽みたいにして食べると美味しいですよ」と喜久子さん。宿泊すると朝食でいただくこともできるが、事前に予約しておけば食事だけの利用も可能。