『城下かれい』をしめた後、三枚におろして刺身を引く。基本は薄造りだが、伝統的な二段おろしにしている店もある
タレは醤油、酒、ミリン、ショウガ、ゴマ他を合わせて作る。薬味はネギやワサビが添えられることが多いが、作り手や場所で異なる
『城下かれい』の旨味を一番に味わえる刺身の他、刺身とは違う『城下かれい』の美味しさを伝えるため、各店が工夫した料理もある
「一に生、『城下かれい』は刺身が一番やね」。威勢のいい大分弁でお話してくださるのは、店主・松本昇さん。開業したお父様が漫画『のらくろ』が好きだったことから『能良玄家(のらくろや)』という店名に。60年以上に渡って『城下かれい』を使った料理を作り続けている。
「春から夏にかけて、どんどん太くなって、2kgくらいのものも出てくるんやけど、長さ30cm、重さ800gくらいんとが美味かね。冬は“シワスガレイ”といって、値段は高い時の半分くらいになるんやけど、マコ(卵)が入っとって腹のほうは美味くなくて半分は使えんけん、結局一緒やね(笑)」。
さっそく厨房へ。生きているカレイのエラのところに包丁を入れてしめ、ウロコを取る。
「『城下かれい』、こんやつは扱いにくか。ヌルヌルしとるけん、ウロコ取りは大変じゃ」。
表面がきれいになったら、頭を落として、内臓を取り除き、三枚におろす。
「また、こんやつがさばきにくか。普通の魚やったら、三枚にさばくとにすーっと切れるけど、何回も包丁入れて切っていかんといかん。身をめくっていくようにせんといけん。骨がやわらかくて、包丁が骨にひっかかったりひっついたりするけんね」。
三枚になった身の皮をはいで、エンガワを取ったら、丹念に身を薄く引いていく。まず包丁を入れたら切ってしまわずに下の部分を少し残す。次に入れる包丁で切り身から切り離す。その繰り返しだ。切られた身は、蝶の羽根を広げるようにして皿に盛られる。
「二段引きという切り方やね。カレイ引きともいうよ。これやと、多少小さい身でも大きく見せることができるし、タレがようからむけんね。腹のほう(海底に接しているほう)が身がしまっとるよ。エンガワも腹のほうが砂にいつもふれているからしまっとるね」。
きれいに並べられた身は、豊後梅を使って作る梅酢を使ったタレでいただく。
「作り方は教えられんよ(笑)。毎年梅ができたら、大きな壺に3本分くらい作るよ。梅の実が枝につながっていたとこにある黒いプチッとしたやつは全部手で取ってから作らんといけん。今はいろんな酢があるけど、昔は梅酢くらいしかなかったとやろうね。塩梅(あんばい)とかいうぐらいやしね。そいでね、できた梅酢は10年以上寝かせとります。畳の下に壺ば入れとるよ。そこは夏でも涼しくて温度が一定やけんね。ねかせると角のある酸味がとんで、味にまるみが出てくるよ。『城下カレイ』は微妙な味わいを持つ白身魚。酸味がつええ(強い)タレで食べたら、酢の味しかせんでから、味がわからんくなるで(笑)。それと酸がつええと、身がすぐにふにゃっとなるで。うめえけど、江戸時代からの伝統的な作り方やけん、作るとはめんどくせえね(笑)。けど、二段引きにした身を梅酢を使ったタレで食べるのが、昔からの食べ方やけんね」。
梅の風味とやわらかな酸味が二段引きされた身にほどよくからまり、身の甘味がより強く感じられた。
『城下かれい』を味わう料理は、刺身以外にもある。
「焼き物は魚が新しくないと美味しくないけん、どこでもはやれんものやね。煮付けにしても『これは城下カレイで作っとる』とすぐにわかるんよ。身のしまりがちがって緻密で、口の中に入れてもふにゃっとせんけんね。中骨以外はぜんぶ食べられる唐揚げも美味いよ。その時の旬の山菜や花ツツジの花、アジサイの花、カボチャの花を添えたりしてね。刺身をとった後の骨と身を使った吸い物もいいね」。
そして、こちらならではの料理が、『かれい棒寿し』だ。
「これは、おい(俺)の時代から始めたと。さばいた『城下かれい』の身を、酢で洗った昆布でしめて、3日ほどねかせとくんよね。そいで、酢めしを棒状にしてからボイルした肝とわさび塗った身をのせてさらしで巻いて、最後は上から薄い昆布をのせます。この昆布は生なんやけど、秘伝の作り方で味付けして飴色なんよね。この寿司はタレとかつけんでから、切ったものをそのまま食べてみて」。
刺身とは違うもっちりとした食感の中に昆布の旨味も染み込んでいる身と、酢めし、秘伝の昆布の味わいが口の中で調和する。
長年、『城下かれい』の料理を続けている松本さんは一抹の危惧も抱いていらっしゃるとのこと。
「『城下かれい』はだんだん獲れなくなってきよるね。毎年、何万匹も放流したりしよるけど、カレイは移動もするけん、大きくなってここの海に帰ってこれるのはほんの少しだけなんよね。自然環境の変化もあるし、獲り方もあるんやろうね。みんなで守らんといかんです」。
サクから切る時、1度目は切ってしまわずに下を少し残し、2度目でサクから切り離す二段引きを行う。それを開いて盛りつける
豊後梅で作る梅酢を使ったタレ。梅酢は10年以上ねかせることによって、角のとれた酸味となり、『城下かれい』の甘味を引き立てる
『かれい棒寿し』。さばいた『城下かれい』の身を昆布〆し、棒状にした酢めしにのせて巻き、味付きの昆布を上からのせるという品
店内に入ると生け簀の中に『城下かれい』の姿を見ることができる。刺身は、昔から伝わる二段引きで美しく切られた身を、これも伝統的なタレ(豊後梅から作られる梅酢を10年以上ねかせたもの)でいただく。刺身・煮付け・唐揚げなどが付く『城下かれいミニセット』3,780円がお得。昆布〆した身を使う『かれい棒寿し』はこちらのオリジナル。