豆腐店はどこも独自の水源をもっており、きれいで美味しい水をふんだんに使って豆腐作りを行なっている
豆乳に入れる野菜の種類、入れる前の下準備など、作り手によって異なるようだ。見た目に美しく仕上げる工夫も行なわれている
大豆から豆乳を作り野菜とニガリを入れて固めるというベースは同じだが、豆乳の絞り方、野菜の入れ方などに違いがある
湯気がもうもうとたちこめている早朝の作業場。尾前義弘さん・チエカさん夫妻はゆっくりと、でも無駄な動きをすることなく豆腐作りに精を出している。ちょうど豆乳ができあがり、これから菜豆腐が作られるところ。枠の底に菜の花、大根と人参の千切りがちりばめられた。
「大根と人参は殺菌の意味もあって酢水で洗います。菜の花は塩水に30分ほどさらして洗います。そげなんとを底に散らすとですが、こればきれいにするとがなかなか難しいとですよ(笑)」。
豆乳に、ニガリ、大根と人参の千切り、平家カブの葉を刻んだもの(一度湯通ししている)を加えトロトロになったものを枠に流し込む。蓋をして15分ほど圧をかけると、菜の花の黄色も鮮やかな美しい菜豆腐の姿が現れる。すぐに切り分けられ、清らかな流水で冷やす。
「中までしっかり冷やさんと、すぐに痛んでしまうけんね。この水があるけん私たちの豆腐はできるとよ。豆腐の6割くらいは水分やろうし、水の味で豆腐の味も左右されるしね」。
耳川の上流に位置する山からの湧き水は弱アルカリ性の軟水。同じ水源から取水された水は、近くにある『しんすい』が『母ちゃん水』として販売もしているほどだ。
水はもちろんのこと、大豆もあっての豆腐。熊本産のフクユタカや自家製の大豆など国内産の安全な大豆を使っている。
豆腐が冷えるまでの間、平家カブと菜豆腐のお話をうかがった。
「平家カブは寒さに強くてやせた土地でも成長する生命力の強い植物。どこにでも生えて、面倒みらんでも育つけんね。種蒔いとけば勝手に生えるけん、ハチミツをとるために種を蒔いとく養蜂家もおるよ。食料が不足していた時代、昔の人は身近にあったものを豆腐にも入れて食べようと思ったとでしょう。葉は生で食べると苦いけど、菜豆腐に入れるとその苦みがいい具合いになるごたぁね。おんごー(豆腐)、餅(おんつき)、ごはん(おはち)は、椎葉の冠婚葬祭につきものなんよ。昔はみんな自分とこで作りよったけど、今は私たちが作りよるとです」。
完成した菜豆腐は大豆の甘い風味と平家カブ他の野菜の味わいがマッチング。野菜の歯応えある食感もいい。
「ショウガやワサビ醤油で食べたり、油と相性がいいからステーキ風に油で焼いても美味しいですよ。甘辛く炊いても、おでんに入れてもいけます」。
「冬は柚子、春先は菜の花のつぼみ、5月からは藤の花、夏はパブリカ…どれもきれいですよ」。尾前さん夫妻の菜豆腐には椎葉の季節の色が添えられる…。
耳川の上流に位置する山からの湧き水で、弱アルカリ性の軟水。同じ水源の水を『しんすい』は『母ちゃん水』と称して販売しているほどだ
人参や大根、平家カブなどは比較的によく入れられる素材。菜の花、藤の花、パブリカなど季節によって入れる野菜は変わり、菜豆腐を華やかにする
枠の底に彩りのある野菜を散らし、その上から他の野菜とニガリを加えたトロトロの豆乳が入れられ固められる。美しく見せるためには散らし方も重要
豆腐づくりに使われている水は、耳川の上流に位置する山からの湧き水で、弱アルカリ性の軟水。大豆は、熊本産のフクユタカや自家製の大豆など国内産の安全なものを使用。この確かな2つの材料でできあがる豆腐に、旬の野菜や花を加える。冬は柚子、春先は菜の花のつぼみ、5月からは藤の花、夏はパブリカ…どれも美しい。
椎葉村に残る鶴富姫と那須大八郎の悲恋物語の舞台でもある鶴富屋敷(那須家住宅)。その横に建つ那須家32代目が営む旅館だ。自家製のゆず味噌でいただく『菜豆腐』をはじめ、椎葉産のそば粉を使った手打ちそば、川魚や山菜など、椎葉の旬の食材を使った郷土料理を味わえる。昼食のみの利用も可能(要予約)。
「村内には菜豆腐を作る店が4軒ありますが、そのうち毎日2種類を順場に販売しています。店内で食べられる菜豆腐も日替わりです」と店長の山中宏昭さん。椎葉サイズの1/2(通常の1丁分)の菜豆腐は、野菜の風味を堪能したい。椎葉産そば粉100%で作る十割そば『椎葉そば』を求めて、遠くから訪れる人もいるとのこと。
椎葉村に詳しい椎葉英生さん・喜久子さん夫妻が営む民宿。椎葉の風土について様々なお話も聞ける。「『菜豆腐』は表面を軽く炙って醤油を少したらして食べたり、味噌をつけて炙る田楽みたいにして食べると美味しいですよ」と喜久子さん。宿泊すると朝食でいただくこともできるが、事前に予約しておけば食事だけの利用も可能。