ぶつ切りにして湯通ししたフグの身、ニンニクの葉、梅干しが基本的な具材。タケノコ、唐辛子などが使われることも多い
調味料の基本は酒、醤油、ミリン。砂糖を合わせることも多い。梅干しの酸味と塩味も味わいを決める要素だ
フグの身を酒で煮込んだ後、調味料を加え、その他の具材とともにほどよく煮付ける。最後に唐辛子がちらされることもある
アーケードの一角にある和モダンな建物。石畳の奥にある扉を開けるとジャズが流れる静かな店内。カウンターに立つのは店主・池田悦蔵さんだ。「元々は母親が2000年に小料理屋として始めたのですが、福岡で仕事をしていた私が2010年に島原に戻り、この店を始めました。今までの島原にないお店にしたかったですね」。カウンター席以外はすべて個室。島原の旬の食材が使われた和食ベースの華やかな料理から、温かみのある家庭料理まで楽しむことができる。
「父親が島原で魚市場を開いていたこともあり、魚の勉強のため私は福岡で仲買の修行に出ていたのです。そこでは料理屋さんのお客さんが多かったこともあって料理に興味を持ち、料理の世界に入っていきました」。メニューには池田さんが厳選した魚介を使った料理の数々も並ぶ。
メニューに『島原郷土料理』という文字とともに書かれている『がねだき』。ユニークな名前の由来とは?
「『がねだき』は簡単に言うとフグの煮付けです。島原ではフグのことを総称して『がんば』と呼ぶのですが、『がんばだき』ではありませんね(笑)。島原ではフグのことを『がね』と呼びますが、『がねだき』はカニを炊いた料理でもありません(笑)。おもしろいですよね。『がねだき』を料理する時にぶくぶくと泡が出るのですが、それがカニが吹く泡と似ているということで『がねだき』と呼ばれるようになったようです」。
『がねだき』は煮物だが作り置きしているわけではなく、注文が入ってから料理が始まる。「今日使うフグはナシフグで、皮をはいで身をブツ切りにしたもの。煮る前に霜降り(軽く湯通しする)しておきます。フグ以外の具材はフクシュ(ニンニクの葉)と梅干しとタケノコ。梅干しは叔母が漬けてくれた自家製ですね。たけのこは、今の時期の地元の新物を使います。フクシュも今の時期のものですね。フクシュがない時は、ニンニクそのものを使うこともありますよ。酒、ミリン、醤油を合わせた煮汁で10分ほど煮ます」。
ぶくぶくと泡立ってくるが、ほどよい火加減でふきこぼれないようにキープ。泡が全体にまわることで熱が均一に通るのだ。途中、アクを丹念に取り除いていく。
「仕上げに砂糖と、隠し味的なものを加えます。フグは淡白な魚なので、カドがとれたやわらかな味わいにするためです」。
丁寧に作られた『がねだき』は味わい深い器に盛り付けられる。「料理によって器を選ぶ時もあれば、器を見てどんな料理を作るかを考える時もあります。『がねだき』は白い器のほうが映えるかなという想いと、温かみのある器が合うかなという気持ちで、この器を選びましたね」。器も『がねだき』の味への期待を高めてくれる。
口にするとほどよく甘辛くプリプリとした身はまさに焼酎のつまみ。梅干しの酸味が後口をさっぱりさせてくれるので、どれだけでも食べられそうだ。「『がねだき』は梅干しの酸味と塩味が味わいのポイントですね。ナシフグはほぼ通年獲れるので、たいてい食べることができます。トラフグが入ればトラフグの『がねだき』もできますが、値段は時価でナシフグよりも高くなります。トラフグの身は他のフグの身に比べてプリッと感が強いですね。昔は有明海で春先によく獲れるトラフグをはじめ、フグがたくさん獲れていたんですよ。今はフグの水揚げは減っていて、金額もあがっていますが、昭和の前半はフグは一般的な食材で、『がねだき』もよく食べられていたようです。『がねだき』を家で作っていた人も多かったと思いますよ。島原ではフグはてっさ(刺身)ではなく湯引きにして食べるのが一般的。その昔は身をとった後のアラや中骨を炊いて『がねだき』を作っていて、その後、身を使うようになったようです。私の父は魚市場で働いていましたので、私は子どもの頃から日常的に『がねだき』を食べていました。その頃はフグが高価なものだという認識はなかったですね(笑)」。
具材を食べ終わった後、器に残る煮汁をもったいなく感じる。「ごはんにかけても美味しいですし、島原はそうめんが特産ですから、家庭ではこの汁にそうめんを入れて食べていることも多いようですよ」。今では島原を代表するおもてなし料理としても知られる『がねだき』だが、ごはんやそうめんと合わせるお話を聞くと、元々は家庭の味であったことが感じられた。
皮をはいでブツ切りに、フグの身は霜降りしておく。フグ以外の具材はフクシュ(ニンニクの葉)と梅干しとタケノコ
酒、ミリン、醤油を合わせた特製の煮汁が味付けのベース。味の調整に砂糖と隠し味を加える
煮汁で10分ほど煮込む。ほどよい火加減でふきこぼれないようにキープしながら、アクを丹念に取り除いていく
島原の旬の食材を使った和食ベースの華やかな料理から、温かみのある家庭料理までを楽しむことができる和食処。かつて魚市場で仲買人の修行もしていた店主・池田悦蔵さんが確かな目利きで仕入れ、美しく仕上げる魚介を使った料理を求めて訪れる人も多い。あたたかみのある器も、素朴な『がねだき』の味わいを高める。