九州の味とともに 春

この料理の"味のキーワード"

シャリ

固めに炊いたごはんに砂糖、酢などを加えて味付けする。砂糖の量は一般的な寿司のシャリよりも多く、味わいは甘めだ

具材

煮付けたゴボウ・シイタケ・カンピョウ・ハンペン(カマボコ)・錦糸卵が、現在作られている『大村寿司』の基本的な具材

作り方

もろぶたの中でシャリ、具材、シャリ、具材と重ねていき、ふたをして押さえる。食べる前に5cm角くらいに切り分ける

語り 元祖大村角ずし やまと 永田喜美男の「大村寿司」

永田喜美男さん

創業は明治時代で100年を越える歴史を持つ『元祖大村角ずし やまと』。すぐ横には川が流れている。
「目の前が、川からの荷下ろし場で、たくさんの船が着いていたんです。うちは、そこで働く方々の食事処として始まったんですよ。『大村寿司』も、その頃から店のメニューの一つとして出していたのですが、それがだんだんと評判になっていったんです」。

店主・永田喜美男さんは、当時と変わらない『大村寿司』の作り方と味を守られている。中でも、シャリの作り方には特に気を配っているとのこと。
「『大村寿司』の8割はシャリですから、一番大事な部分かもしれません。同じレシピで同じように作っても、やはり作る人によって味が変わるんですよね。ですから、シャリ作りだけは、今も私一人でやっていますよ。一番初めのごはんは、毎朝6時前に炊きあがるので、それからシャリ作りです。一日中ずっとですね(笑)。お米も、いつも同じ状態ではないので水加減も難しいところです。特に9〜11月の新米の時期は難しいですね。普通に炊いて食べるには、新米は美味しいのですが、寿司のシャリとしては良くなかったりしますからね。ですから、うちで使うお米は100%新米ということはありません。古米とブレンドしながら使っていますよ。やや固めに炊いた後、酢と砂糖などを合わせて作ります」。

もろぶたに甘酢を塗ってシャリを入れる

『大村寿司』作りは、まず、もろぶた(木製の浅い箱)にシャリを敷き詰めることから始まる。
「いろんな形のもろぶたがありますが、うちで使っているのはヒノキで作られた長方形のものですね。昔はプラスチックなんかないから、もろぶたは、すべて木でできていました。桶屋さんが作ってましたよ。今は時代も変わって、桶屋さんも無くなってしまったので、いとこの大工さんに作ってもらっています。木は蒸気を吸ってくれるので、ごはんを入れても、もろぶたの下がビチャビチャになることはないし、本当に優れていますね。毎日使い続けても4年ぐらいは使えますよ。

シャリを広げる

もろぶたに酢を塗ってから、シャリを敷き詰めます。
その上に、味付けしたゴボウを並べ、それを挟むようにシャリを広げます。
下側のシャリと、上側のシャリの厚さは、同じくらいがいいですね。

煮付けたゴボウを広げ、再びシャリをのせて広げる
奈良漬けを散らし、ピンク色のハンペンをちらす

小さく切った奈良漬け、赤いハンペン(カマボコ)、栃木県産で小さく切って煮込んだカンピョウを散らします。

煮付けたカンピョウ、シイタケを散らす。緑色のハンペンも散らす

さらに、味付けしたシイタケ、緑色のハンペンを散らし、錦糸卵を広げます」。

錦糸卵をのせて広げる
グラニュー糖と甘酢をふりかける

錦糸卵の鮮やかな黄色は、黄身だけを使ったものにも思えたが、そうではないとのこと。
「全卵をしっかりと混ぜて、特別な機械で焼き、切っています。すごくきれいな極細の錦糸卵ができますね」。
最後に、表面にグラニュー糖と甘酢をふりかけ、ふたをして重しをする。5分くらいおいておくと、全体がしっとり馴染む。

ふたをして押す。この後、重しをする

そして、2つの板と包丁を使って5cm角に切り分ける。
「切る時に使う板は『定規』と呼んでいます。樫の木でできた固いものですね。

木製の2つの“定規”で5cm角に切る
特製のもろぶたの側面を外して、91等分された『大村寿司』を取り出す

うちのもろぶたで作ると、『大村寿司』が合計91コできますね。1人前は5コで、シャリの量は約330g。具を入れると、全部で400gくらいになります。昔から一人前の量を変えていませんから、今は1人で食べるにはちょっと多いかもしれません。確かに、これだけを見ると多めにも思えますが、昔はいろんな種類の料理が食べられていたわけではなく、この一品だけを食べることが多かったはずです。『大村寿司』はこれ一品だけで、立派なごちそうなんですよ」。

甘味と酸味のバランスに食がすすむ。奈良漬けのコリコリ感もいいアクセントだ。
「全体的にやや甘めですよね。『大村寿司』は、家族単位で行なう農作業の後などにも、よく食べられていたのではないでしょうか。疲れている時は甘めのものが欲しくなるし、自然と甘めの味付けになったのかもしれませんね。昔は甘いものは贅沢であり、ごちそうでした。鎖国の時、長崎や大村は砂糖が手に入りやすいということもあったでしょうね。うちにいらっしゃるお客さんで、関東から来られた方の中には、醤油をかけて食べる方もいらっしゃいますよ。でも、その方々の口に合うようには作りません。『大村寿司』は、大村の甘い味じゃないとね(笑)」。

『大村寿司』を食べながら、その歴史についても興味深いお話をしていただいた。
「『大村寿司』の発祥は、大村から逃れていた大村純伊が領地を奪回した時に、領民たちが作ったと言われています。攻める時はおそらく、夜中にこっそりと行ったのではないでしょうか。だから、前もって領民たちが知るわけはなかったはずです。前もってわかっていれば、ごちそうの準備もできたでしょうが、そんな準備はできなかった。そして将兵たちが勝って帰ってきたから、もろぶたを使って、そこにあるもので押し寿司を作った。もろぶたは麹作りとか、まんじゅうや餅を並べたりとか、どこの家にもあったはずですからね。ですから、その時に作ったのは、あり合わせの簡単なものだったように思います。特別にごちそうだったわけではないと思うんです。けれど将兵たちは、命をかけた後に食べた味が忘れられなかったのでしょう。また食べたいと願い、もう一度作ってくれということになった。その時は殿様にも献上するでしょうから、初めの時のような質素なものではなく、錦糸卵を入れたり、華やかになっていった。それが領民たちの間にも広がり、今につながっていると思うんです。もろぶたで作るということだけが、一番初めから変わらないということですね。作ったのが、おにぎりじゃなくて押し寿司だったから、今も郷土の味として続いているのでしょう。昔は機械もなかったから、農作業などなんでも人出が必要になります。なので、家族や親戚という単位で動いていました。その時に『大村寿司』は作られていたものです。家の味があるし、その味が代々伝わっているんですね」。

お盆や年末年始は、とても忙しくなるとのこと。その時は予約の持ち帰りのみで、店内で飲食することはできない。帰省してくる方も多いこの時期、郷土の味である『大村寿司』を囲んで団らんする家庭が多いのだ。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

シャリ

米の状態を見極め水加減などにも注意をはらいつつ、やや固めに炊き、酢と砂糖などを合わせて作り上げる

具材

煮付けたゴボウ・カンピョウ・シイタケ・ハンペン(カマボコ)・錦糸卵、歯応えがアクセントとなる小さく切った奈良漬けを使う

作り方

もろぶたにシャリと具材を入れた後、上からグラニュー糖と酢をふりかける。ふたをして重しをし、全体を馴染ませる

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元祖大村角ずし やまと 100年以上愛される甘めの箱寿司

創業は明治時代で、100年以上変わらない作り方と味わいを今に伝えている。極細の美しい錦糸卵の下には、鮮やかなハンペン(カマボコ)、煮付けたシイタケやゴボウ、昔からの味わいを守りながらつくるシャリ… 甘味と酸味のバランスに食がすすむ。具材の一つとして使われるコリコリとした奈良漬けもいいアクセントだ。

『角ずしと吸物セット』890円。『角ずし』は1コ(145円)からでも注文できる。持ち帰りは5コ入り735円から。持ち帰り用の『角ずし弁当』1,000円・1,600円もある
『ミニうどん定食』660円。角ずし、巻ずし、いなりが各1ケ、ミニうどん、おにしめ、季節のフルーツが付く
テーブル席と小上がりがある、すっきりした店内。「壁にポスターなど貼らないようにしています」と永田さん
錦糸卵がイメージされる黄色い建物だ

元祖大村角ずし やまと

住所 大村市本町474-5
電話 0957-52-3546
営業 10:00〜20:00
※持帰りは7:00〜
17:00以降は要予約
定休日 火曜
72席
カード 不可
駐車場 あり
URL http://www.kakuzushi.jp/
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