欠かせないのは、鶏肉、壱州豆腐、(あらかじめゆでておく)、そうめん。その他にゴボウ、白菜など季節の野菜が入る
鶏ガラからスープをとり、そこに醤油、砂糖、ミリン、酒などを加えて味付けする。やや甘めの味が壱岐でよく食べられている味だ
味付けされたスープが沸騰したら、具材を入れて煮込みながらいただく。ゆでそうめんは、温める程度でいただく。〆は雑炊で
「特技は会った瞬間から、その方と仲良くなれることかしら(笑)」。
創業明治34年の平山旅館。平山宏美さんは壱岐の名物女将。明るく元気なオーラで、そこにいるだけで、まわりがパッと明るくなる。やりたくなったら何にでもチャレンジという前向きな性格で、40代になってから、スキー、乗馬、三味線、劇団の主宰などを始められたそうだ。仕事でも、魚市場に競りに行ったり、マイクロバスでお客さまを送迎したり、日本ミツバチの養蜂業をしたり、全国に発送できる商品を考えたり…枚挙にいとまがない。そんな中、安全で美味しい野菜作りにも全力で取り組んでいるとのこと。
「野菜も栽培しているんですが、オーガニックJASの認証も受けましたよ。海に囲まれている環境で野菜を作ると美味しいのができるんですよ。ウニの殻をつぶしたものや海草を肥料にしたり、EM米ぬかぼかしを使ったり。それから、うちの温泉は湯が赤くて鉄分いっぱいで、お風呂のそうじをすると鉄が湯船の壁に付着しているんですが、それも肥料にしますね」。
花束のように盛られた野菜サラダをいただいたが、どれも瑞々しく甘い。サラダでも感じる野菜の力強い味わいは、こちらの『ひきとおし』の美味しさの秘密の一つでもある。
『ひきとおし』に使う鶏も自家製だ。「壱岐では、四季折々の野菜がいつでも採れるんです。山に行けば山菜もたくさんありますしね。そして、野菜も育てていますが、鶏も私たちが育てています!! 近くで放し飼いにしているけど、元気だから道に飛び出したりもしているみたい(笑)。『ひきとおし』には、鶏を一羽残さず丸ごと使っています」。
作り方もじっくりと手間をかけた手作り。
「まず、しめてさばいて鶏ガラスープを作ります。アクをとりながら1時間ほどじっくりと炊きます。スープができあがったら、味付けは砂糖、醤油、酒。けっこう甘めですね。あとですね、家庭ではあまり入れないけど、うちでは、刻んだユズの皮も入れていますよ」。
特製スープが温まったら、鶏肉や鶏レバーなど、鶏ガラ以外の部分を入れる。
「鶏は自家製だから、肉に歯応えがあります。だから、野菜を入れる前にまず肉だけを入れて、しっかりと炊きます。赤いのはもも肉、白っぽいのは胸肉ですね。それから、食べる分だけの野菜を入れながら食べすすんでくださいね。うちは、子どもさんからお年寄りまで食べやすいように、鶏肉をミンチにしたりもしますよ。そうめんは、一度ゆでて冷水でしめ一口大くらいに丸めてますから、鍋に入れたらゆですぎないように食べてください」。
野菜は春菊、白菜、水菜、セリ、ゴボウ、ネブカ、ネギなど。季節によっては、山から採ってくるのびるやふきのとうなどの山菜が入ることもある。大皿に盛られた具材は野菜も山盛りで、野菜鍋にも見えてしまうほど。
食べすすんでも、野菜から水分が出るため、スープは煮詰まらず、野菜の旨味も含んでより深い味わいになっていく。そのスープの味が染み込む壱州豆腐も旨い、「さすがに自分で豆腐は作っていませんが(笑)、壱州豆腐は独特の味わいがありますね」。
そして、〆は雑炊にしてきれいにいただいた。
「『ひきとおし』を食べに、10年以上通ってきてくださる方もいるんですよ。初めて食べた方は、壱岐は魚介というイメージが強いからか鶏料理があることにもびっくりされるし、『こんな味があったのか』という驚きもあるようですね。美味しいものを食べるのが一番幸せなことだと思うんです。お客さまにどうしたら楽しんでもらえるんだろう、もっとお客さまが喜んでくれるものを作りたい、いつもそんなことを考えていますね」。
それは“もてなしの心”。『ひきとおし』が生まれた背景にも通じているものだ。
「『ひきとおし』は、遠来のお客さまがお越しになった時に作っていた料理。自分の家で鶏を飼っていて、「ようおいでましたなあ」という感じで作っていました。昔の家の造りは、玄関、初めの間、中の間、奥の座敷となっています。玄関から“引き通して”座敷にお連れする。だから、この料理を『ひきとおし』と呼ぶようになったんです。砂糖が貴重な時代には、おもてなしの意味をこめて、砂糖をたくさん使って甘い味付けにしていたわけです。今でも人が集まる時によく食べられている料理ですね。壱岐を離れ、たまに帰ってこられる方は、『ひきとおしを食べないと壱岐に帰ってきた気がしない』とよく言われますよ」。
元々は“各家庭のおもてなし料理”だった『ひきとおし』。今では『壱岐を代表する郷土料理』にもなっているのだ。
鶏はレバーも含め丸ごと一羽を使う。野菜は自家製有機栽培の野菜や、壱岐で採れる旬の山菜など。壱州豆腐とそうめんも欠かせない
鶏ガラをアクをとりながら1時間ほどじっくりと炊く。味付けは砂糖、醤油、酒。甘めの味付けにしている
まず肉だけをスープに入れてしっかりと炊く。それから食べる分だけの野菜を入れながら食べすすんでいくのが女将おすすめの作り方
1500年という歴史を持つ温泉地にある宿。鉄分の多い赤い湯は、子宝に恵まれる湯としても評判だ。壱岐牛、壱岐の新鮮な魚介をはじめ、ご主人・平山敏一郎さんが釣った魚や育てた地鶏、女将・宏美さんが有機無農薬で栽培する野菜類など、最高の素材を使って作る料理も自慢。『ひきとおし』もさばきたての新鮮な鶏を使い、余すところなくすべてをいただく。