小麦粉、そば粉、でんぷんを合わせて天然水(地下水)でこねた生地を、注文が入ったら製麺機で押し出しすぐにゆでる
スープは天然水(地下水)を使い昆布中心の出汁をとり、醤油、塩で味付けしたスープ。お吸い物のような上品な味わいだ
自家製のキャベツキムチ、牛肉のチャーシューの他、ゆで卵、ネギ、ゴマがトッピングされる
別府市街地の中心部から少し離れた場所にある冷麺・温麺専門店の『胡月』。
「今は住宅なども建っていますが、昔は田んぼの中の一軒家だったんですよ(笑)」。
やさしい笑顔で迎えてくれるのは女将・浦田直美(うらたなおみ)さんだ。
「1945年代に先代が旧満州(現在の中国東北部)で食べた冷麺を、帰国後に和風にアレンジしたものがうちの冷麺です。1968年頃に引き継いだ私と主人が、さらに改良を加えていきました。別府には留学生の方が多く暮らしていますが、大連から来た学生さんが『大連にも似た料理があります』と言いながら食べてくださったこともありますよ」。
当初は、「なぜこんな場所にお店を?」とよく言われていたそうだが、今では、お昼時には行列が絶えない人気店だ。
お店の一日は、麺の仕込みから始まる。
「毎朝5時から麺を仕込みます。材料は小麦粉、そば粉、でんぷん。それらを合わせて天然水(地下水)でこねます。粗練りは機械でやりますが、途中から手ごねで仕上げます。その日によって水の量などを調整しなければなりませんから。練り上がったら開店の時間までねかせておくんです。力がいる作業なのでうまくやらないと腱鞘炎になることもあります。腕の筋肉もつきますね(笑)」。
『冷麺』の注文が入ると、ねかせておいた麺を計量し、ところ天のように押し出す製麺機にセットする。押し出された麺は、製麺機の下にある湯をはった鍋の中に落ち、すぐにゆで始める。
「鍋に直接入れないと、麺がやわらかいからくっついてしまうんですよ。昔は麺の押し出しも機械ではなくて手でやっていたんです。いつも見ているお客さんに『一度やってみたい』と言われたので体験していただいたことがあります。二度と『やりたい』とは言われませんでした。力がいる作業でしたからね(笑)」。
麺は1分ほどゆでたら、鍋から出し、水で洗ってぬめりをとる。麺を丼に入れ、具材をのせ、スープを注ぐ。
「具材はシンプルですね。キャベツキムチ、牛肉のチャーシュー、ゆで卵、ネギ、ゴマです。キャベツキムチは2〜3日漬けた自家製です。キムチの味わいで冷麺の味が変わってしまいますから、細かに気を配っていますよ。チャーシューに牛肉を使うのは、冷麺なので脂がかたまるとよくないから。スジなどを取り除いて下ごしらえしてから煮込んでいます。スープは天然水(地下水)を使い、昆布中心の出汁をとり、醤油、塩で味付けしたものです」。
できあがった冷麺を一口食べると、麺の太さとモチモチとした食感に驚く。
「うちの麺は太麺です。ラーメンとうどんの中間くらいでしょうか。コシが強いので当初は『麺をゆがいてないのでは?』と言われたこともありますよ。『さぬきうどん』よりコシがあるという方もいらっしゃいますし、アゴが強くなるという方も。でも、常連の方はあまりかまずに吸い込む方も多いですね。喉越しがいいのですっと入るんです。そして、この麺はとても消化がいいんです。麺の量は並盛200g、大盛300g、ダブル400g、ジャンボ600gがありますが、ジャンボを食べて『麺が喉のところまで来てる(笑)』という方も、すぐにおさまるようですよ」。
独特の麺に、キャベツキムチの辛さとシャキシャキ感がよく合う。透明なスープは吸物のように上品な味わいだ。
「スープを飲み干す方が多いですね。二日酔いすると上司に『胡月に行って(スープ)飲んでこい』と言われて来てくださる方もいるようですよ。さっぱりした味わいが二日酔いの時にとても効くようです。麺は喉越しがよくて食べやすいし、キムチの辛さで目が覚めるのかもしれないですね(笑)」。
冷麺は夏というイメージが強いが、別府では一年中食べられている。
「実は、夏に食べるよりも寒い時に暖かい部屋で食べるのが美味しいとも言われているんです。別府冷麺の元となった旧満州は寒い場所ですが、冬場はオンドル(朝鮮半島や中国東北部で使われている床暖房)で部屋の中はとても暖かいですからね。冬場は温麺(冷麺のスープと麺を温かくしたもの)を食べられる方もいますが、冷麺もよく出ますよ。部屋の中をストーブで暖かくしていますから(笑)」。
また、毎年9〜11月にだけ楽しめる冷麺の食べ方があるとのこと。
「この時期には大分名産のカボスを添えるんです。冷麺の半分はそのまま食べて、その後でカボスを絞って食べると、これがまた別な味わいになって美味しいんですよ」。
まかないで毎日冷麺を食べているという浦田さん。その飽きのこない味わいは、多くの方に支持されている。
「大分県人は性格的にあまり並ばないのに、うちの冷麺を食べるために並んでくださるのはとてもうれしいことですね。長くやっているので、ひ孫まで連れて、4世代で来てくださる方もいらっしゃるんですよ」。
メニューに記されている文字は『別府冷麺』ではなく『冷麺』。『別府冷麺』が別府のご当地グルメとして広く知られるようになるずっと前から、浦田さんは『冷麺』をつくり続けている。
小麦粉、そば粉、でんぷんを合わせて天然水(地下水)でこねた生地を、注文が入ったら製麺機で押し出しすぐにゆでる
スープは天然水(地下水)を使い昆布中心の出汁をとり、醤油、塩で味付けしたスープ。お吸い物のような上品な味わいだ
自家製のキャベツキムチ、牛肉のチャーシューの他、ゆで卵、ネギ、ゴマがトッピングされる
別府市街地の中心部から少し離れた場所にある『冷麺』と『温麺』の専門店。ラーメンとうどんの中間ほどの太さの太麺は、喉越しがよくコシが強い。自家製のキャベツキムチの歯応えとも相性が抜群だ。天然水を使い昆布中心の出汁から作るスープは上品な味わい。9〜11月に添えられるカボスの絞り汁をかけて食べると、違った味わいを楽しめる。