料理する前に三枚におろしておく。ウロコはないが、表面の皮をはがさないように丁寧にさばくことが必要だ
いわゆる天ぷらのツユではなく、醤油ベースの甘辛いタレが使われる。作り手の個性と工夫が一番現われるところだ
さばいて適当な大きさに切った太刀魚の身に衣をつけて油で揚げる。それをごはんの上にのせてタレをかければできあがりだ
「私の祖父が開店して47年(※2014年取材時)になります。国道3号線沿いにできたドライブインとしては3番目なんですよ」。
お話ししてくださるのは3代目の南里征輝さん。奥様の晴香さんと一緒に暖簾を守っている。
「初めは貝汁の店だったんですが、その後、わっぱめしも出すようになりました。さらに、地元の特産品を使い地産地消を目指して、太刀魚を使った料理も出すようになりました。『太刀天丼』もその一つですね。このあたりでは太刀魚のことを『太刀(たち)』と呼ぶので、メニューも『太刀魚天丼』ではなくて、『太刀天丼』なんです。太刀魚は不知火海沿岸では、年中食べられる魚です。淡白な味ですが天ぷらは特に美味しいですよ。一度食べてファンになってくださる方も多いです」。
まずは、厨房でまな板の上にのせた立派な太刀魚を見せていただいた。
「輝いているから高級品みたいですよね(笑)。太刀魚の大きさを表す時に、『3本』とか『4本』とかいう表し方があります。これは胴体の幅が指何本分かということなんです。今日の太刀魚は『4本』ですね。ただ、人によって手の大きさはまちまちですから、大きさを測る方法として、なんとも言えない部分はありますが(笑)」。
太刀魚を三枚におろし、揚げる。
「ウロコはないので切るだけですね。胸ヒレのところに骨があるのですが、それをまきこまないようにして三枚におろします。『太刀天丼』1人前には太刀魚の半身を使います。一匹で2人前できるということですね」。
「表面に小麦粉をまぶし、小麦粉を使った衣液にくぐらせて揚げていきます」。
南里さんの作る『太刀天丼』は、天ぷらが揚がった後に一工夫が加えられる。
「丼にごはんをついだら、ごはんに甘めのタレをかけます」。
「その後、ごはんにかけるタレよりもさらに濃厚なタレを天ぷらの側面にだけつけます」。
「そして天ぷらをごはんの上にのせ濃厚なタレを上から少しだけふりかけます」。
「さらに3切れの天ぷらの一つには山椒を、一つには赤しそをふりかけます。通常の食材とタレの味、山椒風味、赤しそ風味と、一杯で3つの味を楽しんでいただけます。濃厚なタレは継ぎ足し継ぎ足しで受け継がれる秘伝のタレなんですよ」。
丼からはみださんばかりの太刀魚の天ぷらがのった『太刀天丼』。軽い衣とふわりとした身の食感の中、濃厚なタレの風味が口の中にひろがる。山椒と赤しその香りがさらに食欲を刺激してくれるようだ。ごはんも美味しい。
「ごはんに使う水も、料理に使う水も、山の湧き水を使っていますからね」。
さて、メニューには『太刀天丼』以外にも、太刀魚を使った料理が並ぶ。
「初めは太刀魚の塩焼きや唐揚げだけをメニューにのせていて、天丼はまかないでした(笑)。今は、太刀魚のすり身にエビを加えた蒸し餃子や、チーズフライも出してますよ。秋から冬にかけては、太刀魚のすり身入り太平燕も作ってます。予約していただければ刺身を食べていただくこともできます。刺身を食べて感動する都会の方も多いですね。県外から来た方の中には、『ここの太刀魚は美味しい』と言ってくださる方も多いです。太刀魚料理はこれからもっと種類を増やしていきたいと思っています」。
地域の食材を大切にする南里さんは、期間限定で、特産のシラスを使った『シラス丼』、やはり特産のサラダタマネギと県産牛肉を使った『ハヤシライス』なども提供される。
「僕たちの日々の仕事は、目に見える(生産者の顔がわかる)安全な食材を使って一生懸命料理を作ること。水俣〜芦北は小さな街ですが、生産者さんとコラボレーションするなど、“食”を通して街を盛り上げていきたいですね。そして次の世代へつなげていくことこそが大事な役目だと思っています」。
一杯の『太刀天丼』の中には、南里さんの熱い想いが込められているのだ。
表面を傷つけないように三枚におろし、半身を3等分に切り分ける。太刀魚の半身を『太刀天丼』1人前に使う
ごはんにかける甘めのタレ(写真)と、天ぷらにかける濃厚なタレの2種類を使っている。濃厚なタレは日々継ぎ足される秘伝のタレ
天ぷらの側面に濃厚なタレをつけ、甘めのタレがかかったごはんにのせる。天ぷらの上からも濃厚なタレをかけ、山椒と赤しそをふりかける
1967年に貝汁の店としてオープン。3代目・南里征輝さんは、その味を守りつつ、地産地消を目指してわっぱめしや地元の特産品を使った料理も提供している。太刀魚料理は刺身(要予約)や塩焼きに加えて、蒸し餃子やチーズフライなどオリジナルメニューも並ぶ。『太刀天丼』も2種類のタレを使ったり、山椒や赤しそをふりかけたりと工夫されている。