九州の味とともに 夏

この料理の"味のキーワード"

煮付け1(煮汁)

クチゾコの身が持つ旨味を引き出すために、煮汁の素は、出汁、酒、醤油といったシンプルな調味料のみだ

煮付け2(煮方)

クチゾコの身の特徴であるふっくらと、とろけるような食感を壊さないように、強い火ではなく小さな火で静かに煮る

自慢のクチゾコ料理

唐揚げなど、煮付け以外の料理も美味。脂ののった11〜12月には、刺身を食べられる店もある

語り 楊柳亭(ようりゅうてい) 菱岡範之の「クチゾコ」

菱岡範之さん
風格のある『料亭 楊柳亭』の入口

『料亭 楊柳亭』は創業明治15年、松原神社近くにある歴史ある料亭。門を入ってすぐにある大きな石灯籠と楠も長い時の流れを感じさせる。古い書なども飾られた静かな空間でいただくことができるのは、四季を五感で感じる日本料理の数々。基本はおまかせの会席料理、「佐賀の味を」「有明海の味を」と頼んでおけば、クチゾコ料理も登場する。

厨房におじゃまして、料理長・菱岡範之さんに『クチゾコの煮付け』を作っていただいた。

酒、醤油、赤酒で煮汁を作る

「クチゾコが美味しくなるのは夏。特にクロクチゾコが美味しいですね。クロクチゾコはクロシタと呼んだりもします。他にもアカシタとかシマシタなんかもいますね。煮汁の材料は、酒、醤油、赤酒。ミリンや砂糖は使いません。

煮汁に加えられる梅干しが隠し味

これに梅干しと鷹のツメを入れて一煮立ちさせたあと、ウロコを取り、内臓を取ったクチゾコを入れ、ゴボウとホウレンソウも入れて煮ていきます。梅干しも一緒に煮ると、臭みも取れますし身がしまりますね。できあがったものに酸味はありません。盛りつけの時、梅干しは皿にはのりませんので、梅干しは本当に隠し味ですね。煮汁はあまり多いと皮が破れやすくなるのでヒタヒタくらいにして、静かに煮て、長く煮すぎないようにします」。

煮られているクチゾコはお腹のところがポッコリとふくらんでいる。
「このクチゾコはメスで腹の中に卵があるんです。通常は10分くらい煮ますが、子持ちの時は少し長めに煮ますね。卵をもっているメスは美味しいですね。そして、産卵の後はオスが美味しくなる時期もやってきます」。

丁寧な仕事でできあがった『クチゾコの煮付け』だが、表面の皮が少しだけ剥がれている。
「新鮮なクチゾコは特に皮が割れやすいんです。だから、煮付けの皮が割れているのは新鮮な証拠なんですよ。クチゾコは盛りつける時にも折れたりしやすいし、少し扱いにくい魚ですね」。

クチゾコと一緒にゴボウ、ホウレンソウを煮る

一緒に煮たゴボウ、ホウレンソウにショウガも添えられて、皿にクチゾコが一匹どーんとのる。
「他にもクチゾコ料理はあるのですが、煮付けはクチゾコの姿そのままなので、知らない方には喜ばれますね。東京からのお客さんには特に喜ばれますよ。地元の方々は既に知っているから、そこまでの感動はないようですが(笑)」。
やわらかな身をほぐしていただくと、ほどよい甘味の中にクチゾコの旨味も広がる。
「赤酒の甘味と、佐賀の醤油の甘味。その甘味が素材の旨味も引き出すんです。旬の食材には旨味とか甘味があるのでそれを引き立てるんですね。佐賀の醤油は甘いので、他の調味料を入れなくてもすむんです」。

こちらでは、煮付け以外にも洗練されたクチゾコ料理をいただくことができる。
「11〜12月は刺身も美味しいですね。唐揚げも美味しいですよ。唐揚げには、クチゾコの身でシソと梅肉を巻いて揚げたものを添えたりもします。やはり有明海の特産である有明海苔を使った料理で、『クチゾコの有明海の生のりあんかけ』という料理もあります。これはクチゾコの身に醤油をつけて焼き、豆乳を入れた器の中に入れ、その上に生海苔をのせるというものです」。

盛り付けも美しい『クチゾコの唐揚げ』と『クチゾコの有明海の生のりあんかけ』

唐揚げも『クチゾコの有明海の生のりあんかけ』も、盛り付け、味わいともに上品で美しい。
「有明海は干満の差が激しい海で、その差は6mくらいあります。潮が引いた時は、干潟が現れ、太陽の光を浴びてプランクトンが豊富です。だからそれを食べるクチゾコやムツゴロウなど有明海の魚は旨いんです。ただ、有明海の魚介を使った昔ながらの郷土料理は色味がちょっと黒っぽくて地味ですね(笑)。なので、少し工夫したり、有明海と玄界灘の魚を合わせることで、見た目も味もバラエティに富むように考えたりもしています」。

クチゾコの名前の由来については、「靴底→クツゾコ→クチゾコ」ということがよく言われるが、こんな興味深いお話もいただいた。
「クチゾコは形が靴の底に似ているからそう呼ばれるようになったとよく言われていますが、靴というのは西洋から入ってきたものですよね。けれど、靴のない時代からクチゾコと呼ばれていたようなんですよ。だから、その説は違うのかもしれません。私は、砂地にいるクチゾコの口(クチ)が、上面ではなくて、底(ソコ)にあるからクチゾコじゃないかと思うんですよ」。

この地方では、有明海で獲れる魚介のことを『有明もん(ありあけもん)』とも呼ぶが、『前海もん(まえうみもん)』という言い方も一般的。それは、すぐ前の海が育む海の幸に感謝と親しみをこめた呼び名。有明海の恵みをいただく食生活はずっと昔から続いているのだ。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

煮付け1(煮汁)

酒、醤油、赤酒を使い、ミリンや砂糖は使わない。これに隠し味の梅干しと鷹のツメを入れて一煮立ちさせてからクチゾコを煮る

煮付け2(煮方)

煮汁の中に下準備したクチゾコを入れ、それから火にかける。煮汁はヒタヒタくらいにして、皮や身がばらばらにならないように煮る

自慢のクチゾコ料理

『クチゾコの唐揚げ』。はねるような姿も美しい。クチゾコのみでシソと梅肉を巻いて揚げたものも添えられる

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楊柳亭(ようりゅうてい)明治15年創業、風格ある空間で佐賀の味を

昭和24年、全国を行幸なされていた昭和天皇も立ち寄られたという由緒ある料亭。120畳の大広間と個室が5室、どの部屋も歴史と趣を感じる和の空間だ。料理は季節を表現するコース料理で5000円〜(ランチ3000円〜)。お願いしておけば、クチゾコ料理など有明海の魚介を使った郷土料理をコース料理の一皿としていただくことができる。

『クチゾコの煮付け』。※お願いしておけば、5,000円〜20,000円のコース料理の中でいただくことができる
『クチゾコの唐揚げ』。※お願いしておけば、5000円〜20000円のコース料理の中でいただくことができる
『クチゾコの有明海の生のりあんかけ』クチゾコの身に醤油をつけて焼き、豆乳を入れた器の中に入れ、その上に生海苔をのせるというもの。※お願いしておけば、5000円〜20000円のコース料理の中でいただくことができる
最大150名収容可能な120畳の大広間
2階の個室。個室は5室ある

楊柳亭(ようりゅうてい)

住所 佐賀市松原3-2-37
電話 0952-23-2138
営業 要予約。電話にて問合せのこと
200席
カード
駐車場 あり
URL http://yoryutei.com
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