新鮮なきびなごの味が一番わかるのは刺身。手でさばいた刺身を、各店独自の酢味噌などでいただく
骨もやわらかく、内臓に苦みがないきびなごは天ぷらや塩焼きにしてまるごと食べられることも多い
阿久根エリアで提供されるようになった『キビスキ』など、各店が“きびなごの美味しさを伝えたい”と作る自慢の料理もある
甑島(こしきじま)出身の店主・原田裕介さん。小さい頃からきびなごはよく食べていたのだそう。
「刺身もよく食べてたけれど、母ちゃんがよく作りよったのは、瓶入りのもろみに醤油をちょっと足してから、きびなごを丸ごと入れてぐらっと一煮立ちさせたものやったね。きびなごは、甑島では昔から豊富にある食材なので、島の人はもらったら食べるかもしれんけど、買ってまでは食べんかもしれんね(笑)」。
時が経ち、原田さんは料理の道へ。島外でも仕事をされた後、2002年に『時春』を開店した。いただいた名刺には『きびなご料理人』とも書かれている。
「ただ書いとるだけやね(笑)」。
そうは言われるものの、様々なきびなご料理を見せていただいた。
●きびなご刺身
「頭を落として、普通は腹のほうから裂くんやけど、子持ちの時期は、背中をさいて真子や白子を残すと旨いね。甑島では、酢みそではあまり食べんね。とにかく鮮度がいいから、新鮮なきびなごの甘味、旨味をそのまま感じてもらいたいんよね。うちでは甘い醤油も使わんよ。もろみがよく合うから、もろみ醤油を出しますよ」。
シャキッとしたきびなごの身、甘めではないタレで甘味が際立つ。
●きびなご丼
「新鮮なきびなごは、そのまま刺身として食べるのも旨いけど、もろみとあまり甘くない醤油を合わせたもので漬けにするのもいいよ。ごはんの上にその漬けをのせたのがきびなご丼です。朝さばいてから漬けにしたものをのせています。今日は、白子や真子を漬けにしたのものせとるよ」。
ほどよく味が染み込んだ身は、刺身とはまた違う味わいだ。
●きびなごピザ
「ピザにのっているきびなごも漬けにしたもの。さっきのきびなご丼のものよりしっかり味がついとるね」。もろみの風味もするきびなごはチーズとの相性もいい。
●きびなご炭火焼
「甑島では炭火焼で食べることは多いね。火にのせて塩をかけて、焼きすぎんごとして食べてください。焦げやすいけん、目を離したらいかんよ。ぼんやりしとる客には、『ぼけっとせんで焼け、漁師にがらるっど(漁師におこられるぞ)』と言ったりもするよ(笑)」。
表面に焼き色が付き、カリッとなったぐらいが、身はホクホクで食べごろだ。
●きびなごしゃぶしゃぶ
「きびなごからはいい出汁がとれるので、その出汁に味をつけておいて、しゃぶしゃぶにします。しゃぶしゃぶするきびなごからも出汁が出るので、きびなごを食べてしまってからでないと、野菜は入れさせんよ。その後、うどん、さらに飯やね。煮干しにしても美味しい出汁はとれんけど、生のきびなごからは本当にいい出汁がとれるよ」。
●きびなご塩辛
「生のきびなごを塩漬けにして発酵させたものやね。塩分が30%くらいだから、カビも生えんし、どんだけでも持つよ。瓶壷に入れて常温で発酵させよった昔の作り方にならって、1カ月は屋外で発酵させて、その後は冷蔵庫に入れときます。塩辛は、きびなごが子持ちの時期〜春から梅雨の時期でないと内臓が小さいからうまくできんね」。
出していただいたのは9年間ねかせたもの。個性ある香りと旨味に強めの塩味がからみあい、焼酎の肴として最高のものだ。
「珍味好きにはたまらんはずやね。メニューには500円と書いとるけど、初めに1〜2匹味見してもらうことにしとるよ。それで食べたかったら、どーんと出す。俺でもたくさんは食べんからね(笑)。あとね、この塩辛を調味料として使ったりもするよ。塩辛とバターと新ジャガの『インカの目覚め(じゃがいもの品種)』を炒めると旨いよ。『インカの目覚め』は味が濃いからきびなごに負けないけど、普通のじゃがいもではきびなごの味に負けるね」。
さて、きびなごと言えば、通常、淡白な味とか、さっぱりした味とか言われる魚。しかし、お話の中に“きびなごは味が強い”という言葉もいただいたが…。
「きびなごは実は味の強い魚なんよ。出汁もとれるし、味が強いからいろんな料理にしても負けないんよね。例えば、カレー風味の唐揚げを作ってもカレーの風味には負けんね。普通にみんながもっているイメージじゃない甑島のきびなごの味、きびなごの個性を伝えたいですね。きびなご料理で俺の右に出るものはおらんよ。左にはおるかもしれんけどね(笑)。甑島のきびなごはほんとに旨いです」。
では、甑島のきびなごが美味しいのはなぜなのだろうか?
「甑島のきびなごが旨いのは、鮮度がいいということが一番の理由やね。甑島のきびなごは中が特に透けて見えるので、銀色じゃなくて青いよ。漁場は甑島の港から船で10分くらいだしね。昔は地引き網で獲りよったし、フェリー乗り場のとこにもきびなごがおるぐらいやったよ。けど、獲る漁師によっても変わるよ。きびなごは刺し網で獲るんやけど、網から外したきびなごはすぐに氷をはった海水に入れるんよね。その時、海水の塩分濃度というのが大事で、鮮度を保つためには、その時の状況に合わせて調節せんといかんのよね。それは科学的にも証明されてるんやけど、漁師たちは昔から勘でやりよるんよ。弱ったきびなごは目のまわりが赤くなり、腹が赤くなるんよ。春から梅雨の時期にかけては、産卵時期で腹の中に真子や白子が詰まっとって美味しいんやけど、特に弱りやすいね。朝に獲れたものでも夜には傷むよ。それからね、漁師が大切に持ってきてくれたきびなごを、料理するまで鮮度を落とさないようにするのは私の仕事やね。仕入れた魚をもう1回薄い塩水に入れてから、バットみたなものに並べておきます。ボールの中に入れて魚同士が接触するとだめなんよね。鮮度のいいきびなごにはウロコがついとるね。さわるとぬめりのようなのがあって、目には見えないくらい小さな黒い粉みたいなのがあるんよ。鮮度が悪いとウロコは落ちてしまっとるね」。
様々なきびなご料理を作り、内外に伝えようとしている原田さん。その原動力は何なのだろうか?
「甑島といえばきびなご。多くの漁師さんの生計を立てているのはきびなご。そのきびなごを使って料理する料理人がおらんといかんのです。俺もまだまだ考えよるし、きびなごの可能性は無限大と思うよ」。
頭を落として手でさばく。普通は腹のほうから裂くが、子持ちの時期は、背中をさいて真子や白子を残す(写真)。もろみ醤油でいただく
『きびなご炭火焼』。火にのせて、塩をかけたら、焼きすぎないようにしていただく。甑島でもよく食べられている食べ方だ
『きびなご丼』。きびなごをもろみと醤油を合わせたもので漬けにして、ごはんの上にのせる。時期によって白子や真子がのることも
串木野港から高速船で約50分、上甑島の里港前にある食事処で、甑島の新鮮な魚介類を味わえる。中でも甑島に揚がるとびきり新鮮なきびなごは、味わいも格別。まずは刺身や、漬けを使った『きびなご丼』で味わいたい。塩焼きや漬けを使うピザも旨い。また、塩辛は焼酎好きにはたまらない珍味だ。『鹿児島黒毛和牛カレー』1,000円他、洋食メニューもある。