基本的な材料はエゴノリとイギス。産地や採れる海の深さによって質が異なるので、天日に当てたり、ブレンドしたりして調節する
材料を湯に入れて煮込み溶かす。材料と水の割合もできあがりを左右する。丹念に混ぜることも不可欠
煮溶かしたものを裏ごしして小判型に成形。かつては一枚ずつ手作業だった。冷えて固まったらクルクルと丸めるのが博多流
福岡市南区花畑の住宅街の一角にある『林正之おきゅうと店』。商品のパッケージには『箱崎おきゅうと』と書かれているが…? ご主人の西村守也さんにお話をうかがった。
「元々は箱崎で明治の終わりくらいから『おきゅうと』を作っていたんです。箱崎は海苔の養殖が盛んで、その副業としてやっていた家も多かったようですね。この場所に移って40年ほどになるんですが、僕はこの20年ほど作っています」。
『おきゅうと』の材料であるエゴノリとイギスを見せていただいた。
「エゴノリは福岡でもたくさん採れていたとのことですが、博多湾の埋め立ての影響か、地球温暖化のせいか、あまり採れなくなってしまったようです。
今は、佐渡、能登、深浦のものを使っています。東京にも京都にも近いということで、長野県に問屋さんが集中しているようですが、そこから仕入れているんです。養殖できないそうで、自然のものを乾燥させて仕入れています。採れた土地によって色も香りも違いますから、水につけたあと、天日にさらして色を調整しています。天日にさらす、つまり紫外線をあてると、色も変わるのですが、コシも強くなります。色もコシも、できあがった時にそのまま現れるので、材料によって微妙に調整していますね。店の前で干していますが、猫は来ませんよ。鳥は来ますが(笑)。あと、エゴノリと一緒に寒天の原料にもなるイギスも使っています。イギスは固める役割があるわけです。そして、エゴノリでもちっと感が出て、イギスでツルッと感が出るんですよ。イギスは九州のどこでも採れる海藻で、宮崎ではイギス豆腐というものもあるようですね。博多では『おきゅうと』はクルクルと丸めるのが昔ながらの形ですが、その形を作るためにも、どちらも必要な材料ですね」。
天日で干した材料を30升入る大きな釜で沸かされた湯の中に入れて煮込む。ほんの少しだけ酢も入れている。十分軟らかくなったら、寸胴鍋のような器に入れ換えて裏ごしする。
昔は手作業だったそうだが、今は天井から吊るされた大きなプロペラのようなもので器の中を撹拌している。その軸はまっすぐではなく微妙に揺らいでいるようだ。
「昔は手でやっていたわけですし、ビュンビュン回すというより、回転に曖昧さがないといかんようです。機械の老朽化のせいでもありますが(笑)。裏ごしする網はうちの指定のステンレス製。網の目で食感が変わりますから、ここはポイントですね」。
裏ごしされ、まだ固まっていない“とろりとした”おきゅうとは、なんと一枚ずつ手で成形される。
「おたまで小判型にするのは手作業です。冷えて固まったものをクルクルと巻くのも手作業です。昔から変わってないです(笑)。昔は保存食として、水分を抜いてから乾かす『干しおきゅうと』も作っていたんですよ」。
丹精こめて作られた『おきゅうと』。その味について語ってくださった。
「おきゅうとは淡白なもので、味がするようなしないようなものですね(笑)。そのせいか、貝原益軒の『養生録』には『おきゅうと』のことが、『美味ならず』と書いてあるんですよ。ちょっと悔しいけど(笑)。けれど、磯のほのかな香りや抹茶の香りに近い感じもありますし、不思議な食感もあります。僕は惣菜だと思っているので、ごはんの上にのせて、磯の香りを感じながら食べていただければうれしいですね。醤油やカツオ節などと一緒に、ご自宅で使われている醤油をかけて食べるのが一番だと思います。ちなみに僕は、博多のちょっと甘めの醤油が合うと思うので、全国で開催される物産展に参加する時は、博多の醤油をもっていきますよ。それから細く切って、麺つゆで食べるのも僕は好きですね(笑)。他にもいろんなアレンジがあると思うので、いろいろ試していただきたいですね。昭和の初めには、カロリーがほぼないから、食べ物としてちょっとネガティブなイメージもあったようですが、今は健康食品としても重宝されています。学術的な裏付けはないのですが、肌はきれいになるし、3日ほど食べ続けるとお通じもよくなるようですよ(笑)」。
さらに、『おきゅうと』と博多のつながりにもお話をいただいた。
「材料が豊富にあったというのもありますが、博多の風土や気質に合っていたんじゃないでしょうか。福岡の人の感性に合った食べ物なんだと思います。そして、逆に『おきゅうと』が、博多ならではの商人気質に寄与していたと自負しているんですよ。
昔は小学生たちが『おきゅうと』を並べた箱を持って、朝、ふれ売りしていました。学校に行く前に売りに行って、おこづかいをもらい、それから学校に行っていました。博多の商家の子どもたちには、それも大事な勉強だったんです。『おきゅうと』と博多のつながりは深いですね」。
エゴノリは佐渡、能登、深浦のものを使う。水につけたあと、天日にさらして色を調整する。その他、九州産のイギスも使用
30升入る大きな釜で材料をじっくりと煮込む。釜には湯の他に、酢も少しだけ投入されている。
回転に揺らぎのある羽根で裏ごしした後、一枚ずつおたまを使って手作業で小判型に成形される。自然に冷まして固める
明治時代の終わりに創業。当時は『おきゅうと』作りが盛んな箱崎に店を構えていたが、40年ほど前に移転した。国産のエゴノリとイギスを煮込み、裏ごしした後の成形は昔と同じ。おたまを使って一枚ずつ手作業で小判型にのばしていくのだ。手作りの素朴な味は今も変わらない。昔ながらの薄いものに加えて、厚めの『刺身用おきゅうと』も作っている。