ニベ、アラ、ハタ、クエなど、海底近くに棲息する大型で白身の魚。身だけでなく、ホホやクチビルなど頭部分、内臓も使う
部位ごとに分け、それぞれに塩をしてゆでたり塩水でゆでる。冷水で冷ました後、切って盛りつける
ネギや、もみじおろしなどの薬味と一緒に、三杯酢で食べる。添えられていることが多い、竹田特産のカボスを絞って食べても美味しい
JR豊後竹田駅に程近い『御宿 割烹 一竹』は、昭和37年創業。料理長・上田真路さんにお話をうかがった。
「『一竹』は、以前は魚屋だったんです。今、私が作っている『頭料理』の形は、『一竹』の先々代が作ったものなのです。私はここに来て初めて『頭料理』のことを知りました。ニベ、アラ、ハタ、クエなど、海底近くに棲む大型の白身の魚をさばいて料理するのですが、決して特別なことをしているわけではありません。骨組みなどに合わせてさばく手順や切り方はありますが、魚を部位ごとに分けて、ゆでるという料理です。ただ、身だけではなく、魚の頭や内臓や皮までも使うところが、他の魚料理とは違うところですね。食べないのは骨とウロコぐらいです。山々に囲まれた竹田では、交通機関が発達していない昔、海の魚はごちそうだったんです。江戸時代など、佐伯や臼杵の港から魚を運ぶのに、馬の背にのせて丸2日ほどかかっていたそうです。小さい魚はすぐに傷んでしまいます。だから大型の魚を使っていたんですね。生で食べられる部分もあったでしょうが、それは少量で、とても庶民の口には行き渡りません。そこで、普通は食べない部位までも残さず食べようと、先人たちが工夫したのでしょうね。生活の“知恵”として生まれたのが『頭料理』なのです」。
厨房で既にさばかれて、部位ごとに分けられたものを見せていただいた。
「30kg以上の魚をさばくこともありますが、特別な道具があるわけではありません。家庭用の出刃包丁一本でさばくんですよ。慣れですね。今日は20kgくらいのニベをさばきましたが、これだけを見てもどんな料理になるのかわかりませんよね(笑)。部位ごとにゆでていきます。
身の部分だけは塩で締めた後、水にさらして塩を抜いてからゆでます。ゆでる順番は白いものからで、最後に肝をゆでます。
骨身、皮、オサ(エラ)、浮き袋、肝、クチビル、ビラビラ(のど)、胃袋、エンガワ、ハラミ、尾身(おみ)、正身(しょうみ)…十数種類の部位をゆでますが、ゆでる時間は部位ごとで異なります。例えば、肝は中までしっかりと火を通さないと生臭いですし、浮き袋などは火を通し過ぎると、やわらかくなり過ぎますからね。真子は弾けないように、巻きすで、巻いてゆでたりもします。また、身の厚さは魚によって違いますし、季節によって脂ののり具合も違います。火の通り具合いを常に見ておかなければなりません。ゆで加減は、『頭料理』の食感や味わいを左右する重要なところですね。
ゆでた後は流水にさらしますが、ここでも部位ごとに仕事があります。ウロコがついている部位はウロコを取りますし、内臓系はよく洗います。流水にさらすのは中心部が冷えるまでで、それから冷蔵庫で一晩寝かせます。そうすることで、味わいが引き締まるんです」。
翌日、再び厨房へ。昨晩ゆでられた各部位が切り分けられていた。
それらを盛りつければできあがりだ。
「切り方も部位ごとに違いますね。骨身と呼んでいる骨についている身は、手でほぐしています。準備も前日から必要ですし、魚がうまく手に入らない時もあるので、2週間くらい前までに予約をいただけると助かりますね。1人前からでもお作りしますよ。『頭料理』によく合う特製の三杯酢と一緒にどうぞ。竹田特産のカボスを絞っても美味しいですね。モヤシ、ホウレンソウ、針ショウガ、キュウリなど、つけあわせの野菜もたっぷりお付けしています」。
見た目からは想像できない味わいと食感。まさに珍味だ。
「作り手によって盛付けも味わいも違いますね。ふだん食べない部分の食感も楽しんでください。『浮き袋』は特におもしろいと思いますよ」。
『浮き袋』は初めはプニュプニュとして、やがて口の中でとろけてしまう。とても不思議な食感だ。その他の部位もそれぞれに独特の香りや食感、味わいを持つ。どれも三杯酢の酸味や醤油の風味とよく合い、焼酎もすすむ。
女将の後藤美保さんにもお話を伺った。
「三杯酢を使わず、カボスの絞り汁だけをかけても美味しいですよ。『頭料理』はゆでるので、脂分も落ちていますし、カロリーが低くヘルシーな料理でもあるんです。山間にある竹田では、海の魚はなかなか食べられるものではありませんでした。けれど、苦労して魚を運んでいたのです。臼杵〜佐伯〜竹田を結ぶ道は、“魚の道”とも呼ばれていたんですよ。馬車が走り始めてからは、馬車の定期便もできて、その終点が竹田でした。魚も運ばれ、魚屋もでき、阿蘇からも竹田まで魚を買いに来ていたようです。『頭料理』は、山間にある竹田だからこそ生まれた料理ですし、今も残っているのです。昔の人はお祝い事の時によく食べていました。竹田では大晦日にみんなで食べながら年越しするという習慣もあるので、うちでも大晦日だけは『頭料理』の出前をやっています」。
ニベ、アラ、ハタ、クエなど、海底近くに棲む大型の白身の魚。身はもちろん、肝や浮き袋などの内臓や、エラ、皮までも料理する
魚の部位ごとにゆでる。身の部分だけは一度塩をして塩抜きしてからゆでる。ゆでた後は流水で冷やし、一晩冷蔵庫で寝かせてから切る
もみじおろしや針しょうがなどの薬味と一緒に、特製の三杯酢で食べる。添えられているカボスの絞り汁を加えても美味しい
1962年創業。会席料理などで、本格的な和食を楽しめる割烹旅館だ。宿を始める前は魚屋だったということもあり、古くから作られていた『頭料理』(要予約・要問合せ)も自慢の一品。ニベなど大型魚の様々な部位を、程よくゆでて冷やし、さらに冷蔵庫で一晩寝かせたものを特製の三杯酢で食べる。シングルルームもあり、ビジネスユースも可能。