九州の味とともに 夏

この料理の"味のキーワード"

下ごしらえ

『干しわらすぼ』を木槌などでたたく。中にある骨を砕いてやわらかくする。炙った後で食べやすくするためだ

炙り方・食べ方

反ったり波をうったりしないようにおさえたり網ではさんで焼く。何もつけずにそのままかじるのが基本的な食べ方

その他のわらすぼ料理

春から夏にかけての旬の時期は刺身や、生の身を甘辛く炊いた『わらすぼ』を食べることもできる。味噌汁に入れる地域もあるとのこと

語り 料亭 楊柳亭 菱岡範之の「わらすぼ」

菱岡範之さん

『料亭 楊柳亭』は創業明治15年、松原神社近くにある歴史ある料亭。門を入ってすぐにある大きな石灯籠と楠も長い時の流れを感じさせる。古い書なども飾られた静かな空間で食べられるのは、四季を五感で感じる日本料理の数々。基本はおまかせの会席料理だ。予約時に「佐賀の味を」「有明海の味を」とお願いしておけば、むつごろう、クチゾコ、『わらすぼ』など、有明海の魚介を使った珍しい料理も登場する。

厨房におじゃまして、料理長・菱岡範之さんに『わらすぼ』のお話をうかがった。
「『わらすぼ』は春先から夏にかけてが旬です。有明海の海苔は全国的によく知られていますが、ちょうど海苔を育てていらっしゃる方が一段落する時期になるので、海苔をやっていらっしゃる方も獲られているようですね。旬の時期は生きた『わらすぼ』が手に入りますので刺身にして食べることもできます。そして、この一番いい時期のものを干して、『干しわらすぼ』も作られています。干すと、ずい分と縮んでしまうようですね。元々『干しわらすぼ』は保存食。昔は今よりもたくさん獲れていたのでしょうね。昔は『干しわらすぼ』をつぶして粉状にした『もくさい』というものもよく食べられていました。ふりかけのようにしてごはんにかけて食べるのです。カルシウム分もありますし、滋養強壮にも役立っていたようです。『干しわらすぼ』は『わらすぼ』が獲れる場所は同じでも、干す場所に吹く海風の塩分濃度が違うのか、干す場所によって少し味が変わるようですね。何もしなくてもほどよい塩味がついているんですよ」。

『干しわらすぼ』を包丁の背で叩き、できるだけ波打たないように炙る

『干しわらすぼの炙り』は、『干しわらすぼ』を包丁の背で叩くという下ごしらえをしてから炙る。
「叩いて中の骨を砕き、やわらかくして食べやすいようにするためです。炙り方は弱火でじっくりと。全体が波をうたないようにひっくり返しながら炙ります。しっかり炙るとカリカリになりますが、うちでやっているようにいい具合に炙ると、スルメみたいなしっとり感も残ります。炙るとさらに縮みますね。炙りが終わったら、全体を三等分にして、さらにタテに細く切っておきます。このほうが食べやすいですからね」。

香ばしさとともに干すことで凝縮された身の旨味と香りが広がる。
「頭の近くは少しかたいですし、尾の近くは身があまりついていないので、おなかのあたりが一番美味しいのではないでしょうか。スルメのように一味唐辛子とマヨネーズをつけても美味しいとは思いますが、『わらすぼ』の味がわからなくなってしまいますね(笑)。よくかんで食べていただけると、より旨味が増すと思います。お客さんが食べ終わった頃に、『わらすぼの干物』そのものの姿をお見せすると、男性は『ワー』、女性は『キャー』ですね(笑)。『わらすぼ』にはそういう楽しみ方もありますね(笑)」。

『干しわらすぼの素揚げ』は干しわらすぼを適当な大きさに切ってから素揚げする

『干しわらすぼ』を使った料理として、菱岡さんがもう一品すすめてくださったのが『干しわらすぼ』の素揚げだ。
「炙りと違って、全体を叩いたりはせずに、一口大に切って160度くらいの油でゆっくりと揚げます。叩くと中が粉状になって焦げやすくなるからです。先ほどお話しましたように、どれも味が違うので、揚げた後に味見をして少し塩をふることもありますね。炙りも美味しいのですが、素揚げも美味しいですよ。『有明海の味をお願いします』と言われた時に、この素揚げを一番始めに出すことも多いですね」。

全体がカリッと揚がっており骨もサクッと食べられる。炙りよりも軽い感じで、最初の一品としてはうってつけだ。

その他の『わらすぼ』料理も作っていただいたが、どれも手間のかかる料理だ。

細身の魚だが三枚におろして刺身を作る

「旬の時期には刺身もできますが、さばくのは面倒ですね。三枚におろして皮をとって内臓を取りますが、身は薄くて少ないですから、きれいにやらないと食べるところがなくなってしまいます(笑)。身は赤身なのですが白身のような弾力感を味わえますね。旬がちょうど夏の時期ですから、生の身を梅ドレッシングでサラダ仕立てにしたりもいいですね。また、生の身を炊くとゼラチンが出るので煮こごりを作ることもできます。佐賀県の東与賀町(ひがしよかちょう)あたりでは『わらすぼ』の身を、味噌汁に入れて食べることも多いのですが、うちでは味噌汁に『わらすぼ』のつみれを入れたりもします。『わらすぼ』の身をたたいてすり身にしたものに、豆腐、山芋などを加えたつみれは風味がありますよ。いろいろな料理ができますが、『わらすぼ』料理を食べていただくには予約が必要です。刺身などは特に生きている新鮮な『わらすぼ』を仕入れないと作れませんからね」。

生きた『わらすぼ』。色も形態も不思議な魚だ

最後に『わらすぼ』と有明海の珍味として有名なむつごろうについてのお話をうかがった。
「有明海は干満の差が激しい海で、その差は6mくらいあります。潮が引いた時に現れる干潟では、太陽の光を浴びてプランクトンが豊富に育ちます。だからそれを食べる有明海の魚介はどれも旨いんです。『わらすぼ』は美味しいですし、むつごろうと並んで有明海の珍味なのですが、むつごろうが圧倒的にメジャーですよね(笑)。むつごろうは見た目に愛嬌があるしキャラクターも作りやすかったのでしょうね。『わらすぼ』は色もきれいではないし、目は退化してしまっているし、どうやってもかわいらしくはならないですもんね(笑)。魚屋さんの店頭にあまり並んでいないのも、不気味だからかもしれません(笑)。『わらすぼ』を美味しく食べていただくには、姿は見せないほうがいいでしょうね(笑)。けれど、手間はかかりますが美味しい魚です。刺身ならば、むつごろうよりも『わらすぼ』の方が美味しいと思いますよ!」

この料理人こだわりの「味のキーワード」

下ごしらえ

『干しわらすぼ』を包丁の背で叩いて中の骨を砕く。やわらかくして食べやすいようにするためだ

炙り方・食べ方

弱火でじっくりと全体が波をうたないようにひっくり返しながら炙る。全体を三等分にして、さらにタテに細く切るので食べやすい

その他のわらすぼ料理

『干しわらすぼの素揚げ』。炙りよりも香ばしく軽い食感だ。その他、刺身、『わらすぼ』のつみれ入り味噌汁なども食べられる

このページを共有・ブックマークする

料亭 楊柳亭明治15年創業、風格ある空間で佐賀の味を

1949年、全国を行幸なされていた昭和天皇も立ち寄られたという由緒ある料亭。120畳の大広間と個室が5室、どの部屋も歴史と趣を感じる和の空間だ。料理は季節を表現するコース料理で5,000円~(ランチ3,000円~)。お願いしておけば、『わらすぼ』やむつごろうなど有明海の魚介を使った郷土料理を、コース料理の一皿として食べられる。

切ってあるので食べやすい『干しわらすぼの炙り』 ※お願いしておけば、5,000円~20,000円のコース料理に付く
『干しわらすぼの素揚げ』 ※お願いしておけば、5,000円~20,000円のコース料理に付く
『わらすぼの刺身』。刺身の上にはラディッシュを刻んだものをのせ美しく盛りつけている  ※お願いしておけば、5,000円~20,000円のコース料理に付く
夏らしい爽やかな梅ドレッシングがかかった『わらすぼのサラダ仕立て』 ※お願いしておけば、5,000円~20,000円のコース料理に付く
『わらすぼのつみれ入り味噌汁』 ※お願いしておけば、5,000円~20,000円のコース料理に付く
最大150名収容可能な120畳の大広間
2階の個室。個室は5室ある
風格のある『料亭 楊柳亭』の入口

料亭 楊柳亭

住所 佐賀県佐賀市松原3-2-37
電話 0952-23-2138
営業 要予約。電話にて問合せのこと
200席
カード
駐車場 あり
URL http://yoryutei.com
※記載した内容は2015年6月22日現在のものです。
お店情報をプリントする