まず、しゃくについている泥をよく洗い流してきれいにすることが必要。足を取り除いたり、小麦粉のまぶし方を工夫している店もある
しゃくをからっと揚げたり食べやすいようにするため、天ぷらの衣、油、揚げ方には様々なやり方がある
天ツユが付く店もあるが、塩をふりかけて食べるのが基本。しゃくの味をより引き出すため、塩にもアレンジが加えられている
「生きとる姿を見たら食べきらんくなるかもしれんね(笑)」。
熊本で旬の素材を使った天ぷらを揚げ続けている店主・渡辺憲一さんは、そう言って生きているしゃくを見せてくれた。
「昔はたくさん穫れよったけど、今は獲れる時と獲れない時があるけん、たくさん入った時に生きたまま冷凍しとくよ。運が良ければ、生きたしゃくを揚げた天ぷらを食べることができるね。たまにハサミではさまれるけど痛くはなかよ(笑)」。
夏の熊本でしか食べられないしゃくは、地元の方以外にはよく知られていない素材だ。
「県外の知らん人から、『しゃくとは何ですか』とよう尋ねられるよ。シャコと勘違いしとる人も多いね。シャコは寿司ネタであるけんやね。しゃくは殻ごと食べるけど、シャコの殻は固いけんまるごとは食べられんけんしゃくとシャコは違うものやね。干潟というか泥の中に潜っとるけん、漁師さんたちは、泥しゃくとか、穴じゃくとかも言いよるよ。熊本は魚介は多いけど、熊本でしか食べられん魚っていうたら、しゃくだけかもしれんね」。
そのしゃくを美味しく食べる方法の一つが天ぷらだ。まず、しゃくを真水できれいに洗う。水分を拭き取り、小麦粉をまぶす。
「小麦粉をまぶすのはさらに水分を取るためと、しゃくと衣のつなぎにするという意味もあるね。衣は素材の旨味を出すために、小麦粉と卵と水。水と卵液を合わせたものの中に小麦粉を入れて、太い箸で手早く混ぜてつくるよ。細い箸だと何回もかき混ぜんといかんけど、そうすると粘りが出てしまうけんね。粘りは天ぷらには禁物やから。そして、しゃくの場合は、殻のついたままあげるから衣は薄めにつけよります」。
170度くらいの温度で揚げるていくと、しゃくはだんだんときれいな赤色を帯びていく。
「油は90%のサラダ油と、10%の何か。それは秘密(笑)。しゃくはなかなか揚げにくい素材やね。しっかり水を切らんとはじくし」。
カラリと揚がったしゃくの天ぷらは、天ツユでもいいが渡辺さんは塩をすすめてくれた。
「元の形は不気味やけどきれいに揚がっとるやろ?(笑)。天ツユも出すけど、塩だけで食べるのが旨かよ。うちは、天草灘(茂串白浜)の海水からつくる『天草灘の海の塩』というのを使いよるけど、苦みがなくて、塩の味の中にも甘味があって、しゃくの天ぷらとよく合うよ。ごはんと一緒に食べよる人もおるけど焼酎の肴にするのが一番やね」。
身も殻も内蔵もまるごといただくしゃくの味は、独特のコクがある。渡辺さんの言う通り、焼酎が旨くなる味わいだ。
しゃくの天ぷらを食べながら、渡辺さんが他の食べ方の話もしてくださった。
「しゃくは小さい頃から煮付けなどでもよく食べよったよ。大きいとは天ぷらや煮付け、小さいとは塩ゆでにして酢みそなどでも食べるね。天ぶらやら煮付けやら、今でもスーパーや魚屋で売りよるよ。あとね、しゃくみそという、しゃくを塩と合わせてまるごとすりつぶす珍味もあるね。これも肴やね(笑)」。
料理の味わいとともに、気さくな渡辺さんの人柄にひかれて、昼はランチを食べに来る人、夜は天ぷらを肴に酒を飲む人で、店はいつもにぎわっている。
しゃくを真水できれいに洗い、水分を拭き取る。そして、さらに水分を取るためと、しゃくと衣のつなぎにするため小麦粉をまぶす
小麦粉と卵と水でつくった衣を薄くからめ、170度くらいの油で揚げる。油の90%はサラダ油。残りの10%は秘密の何かだ
天つゆも出されるが、天草灘(茂串白浜)の海水からつくる塩だけでいただくと、しゃくの味がよりわかる
JR熊本駅近く、白川の横にある店では、旬の魚介や野菜をカラリと揚げた天ぷらを食べられる。昼は天ぷら定食や天丼(900円)などを求める客で、夜は小海老の唐揚げ(500円)など天ぷらを肴に酒を楽しむ客でにぎわう。夏にしか食べられないしゃくの天ぷらは、「塩だけで食べるのが美味しかよ」と、店主の渡辺憲一さん。