小麦粉、塩、水で作られた麺は一度ゆでておき、注文が入ったら温めて提供する。そのため、やわらかな食感を持つ
昆布、カツオだけではなく、イリコ、サバ節なども出汁作りに使う。薄口醤油で味付けしたつゆはさっぱりしているが風味豊か
薄切りをかき揚げにしたもの、ささがきをかき揚げにしたもの、薄切りを一枚ずつ揚げたものなどがあり、博多のうどんに欠かせない
昭和26年に創業、現在福岡市内に4店を構える『因幡うどん(いなばうどん)』。事務所兼工場で代表取締役・竹崎敏和さんにお話をうかがった。
竹崎さんの朝は麺づくりから始まる。『因幡うどん』の麺は、うどんもそばもすべて自家製麺なのだ。
「うどんはお昼頃にこねますが、そばもやっているので毎朝3:30から仕事していますよ。うちは会社員のお客さんが多いから必要な量は安定しているほうだとは思うのですが、季節や天気によってずい分変わりますね。冬に作るうどんの量は夏の1.5倍にもなります。曜日だと、特に土曜、日曜はたくさん必要になるので忙しいですね」。
うどんの麺の材料は小麦粉と水と塩だけ。しかし、作り方は簡単ではない。まず塩水を作ることから始まるのだ。
「小麦粉に塩水を加えてこねるのですが、塩水を作ってすぐにこねるわけではありません。まず、塩を水に入れた塩水を一晩ねかせることが必要なのです。一見、塩が溶けているように見えても、微細な粒が残っていたりして均一な塩水ではないのです。その塩水で生地を作ると均一な生地になりません。ですから、塩分が均一になるように一晩ねかせるのです。夏と冬では使う塩の量は違います。夏のほうが塩分は濃いですね。気温が高いですから塩分濃度を高くしないと生地がしまらないのです」。
小麦粉と塩水をこねて麺になるまでもさらに手間と時間が必要だ。
「使っている小麦粉は簡単に言うと国内産50%、オーストラリア産50%です。以前はオーストラリア産がほとんどだったのですが、国内産も増えてきたので使っているのです。小麦粉と塩水をこねたものは、足踏みもしているんですよ。何人かで踏むわけではなくて、一人で踏んでます。踏み過ぎるといい麺にならないので加減がむずかしいところです。カセットをかけて音楽を聴きながらやってたこともあるのですが、今は何もBGMはありません。小麦粉は微粒子なもので、機械がみんな壊れてしまうんです(笑)。ほどよく踏んだ生地を一晩ねかせます。こねてねかせたものは赤ちゃんの肌のようなやわらかさになれば完璧です(笑)。それを機械に3回通してだんだんと薄くのばして板状にして、そして手で切ります。のばしては休ませ、のばしては休ませの繰り返しですね。一度にのばして薄くするとかなりコシの強い麺になるんです。切った麺はすぐにゆでます。完全にはゆでず、ゆであがる直前くらいで止めて引き上げたものを各店に届けます。店で少しゆでると完成するという具合ですね」。
こちらの工場ではつゆやごぼう天なども作られている。
「つゆのベースとなる出汁は、昆布とカツオ節以外に、イリコ、ウルメ、サバ節などもたっぷり入れます。博多のうどんの出汁の特徴ですね。関西はカツオ節と昆布だけが多いようです。昆布は羅臼昆布の天然もので1kgで1万円ぐらいしますよ。使っている材料も割合も創業時から変わっていません。この出汁に塩と大分県日田で作られているマルハラ醤油を入れて味を整えます。塩はどんどん変わってきましたが、現在使っているのは赤穂の塩、瀬戸内海の海水塩ですね。つゆの味は今は塩気をおさえたものにしています。つゆにも塩が入っていて、麺にも塩が入っているから『うどんは塩分が多いのではないか?』と気にされる方もいらっしゃるとは思いますが、麺の塩はゆでるとほとんどは外に出ていくんです。麺作りに使う塩は、麺をしめるために入れるもので、味付けのためではないんですよ。夏と冬ではつゆの材料は変えませんが、出汁をとる時の煮込み時間を少し変えて、夏はややさっぱり風、冬はややこってり風と変えることもしています。きちんとした材料と手間をかけて作るつゆですから、全部飲み干していただくと本当にうれしいですね(笑)」。
「うちのごぼう天は、揚げ玉を寄せ集めた中にスライスしたごぼうが入っているというものです。ごぼうに衣をつけて揚げるわけではなく、揚げ玉の花をちらすという感じでしょうか。うちのようなスタイルの他に、細切りのごぼうを使ったかき揚げタイプなどもありますね。ゴボウはななめにスライスして食べやすいようにしています。もともとは歯応えがいいように繊維を残す方向に切っていたんですが、繊維が残っていると特にお年寄りが食べにくいということで、今の形になりました。ごぼう天自体は、昭和26年の創業時からやっています。昔、福岡にあったうどん店で、いろんな天ぷらをやっていて、そこにごぼう天もあったようですね。先代がそこのうどんがとても好きで、それが高じて『うどんが毎日食べられるから』ということで『因幡うどん』を始めたんですよ(笑)」。
以前は完全な手作りだったごぼう天作りは、自動化もすすんでいるが手作業も残っている。
「油槽の中の輪っかに衣液が落ちて成形しますが、そこにごぼうをのせるのは手作業。すごい熱いです(笑)。今は大きさや厚みを指定して切ってもらったごぼうを仕入れていますが、昔は切るところから手作業。厚みがそろわないので揚げ時間を変えたりして本当に大変でしたね。衣にも味がついているので、そのまま食べても美味しいんですよ」。
麺、つゆ、ごぼう天のお話をうかがった後、『因幡うどん渡辺通り店』におじゃました。『因幡うどん』は現在の天神1丁目付近(旧町名は因幡町)で営業していた。今はその地に店舗はないが、当時の風情を1番感じさせてくれるのが渡辺通り店だ。店内には当時の古い看板も飾られている。
「博多駅の店や天神の店には丼ものもありますが、うちは昔ながらのうどん屋さん。テーブルも小さくて相席をお願いすることも多いですが、みなさん慣れていらっしゃいますね」。
そうお話してくださるのはこちらで長年勤められている森口由紀子さんだ。
「常連さんが多くて、毎日同じものを食べられる方もいらっしゃるんです。中でも『ごぼう天うどん』が圧倒的に人気ですね」。
ランチタイムはセルフサービス。うどんかそばを注文して自分でトッピングして会計するスタイルだが、その他の時間帯は席に座って注文する。
『ごぼう天うどん』をお願いすると、厨房にむかって森口さんが『いっちょう!』と声をかける。
その声とともに、麺が釜の中に入れられる。釜の中には『因幡うどん』のロゴが入ったとっくりも入っている。
「とっくりの中にはつゆがはいっていて湯せんしているんです。とっくりは口が小さくて水分が逃げにくく味が変わらなくていいんですよ。このとっくりを使っているのも渡辺通り店だけなんです」。
温められた麺が湯切りされて丼に入れられ、つゆが注がれる。
その上に森口さんがごぼう天をのせてできあがり。
注文してから目の前にくるまでものの、1分ほどだ。テーブルに置かれた丼に盛られているネギを自分で入れて食べる。このネギは、創業当時からずっと同じ生産者様から取り寄せているとのこと。その日の朝採れたネギが使われているのだそうだ。やわらかな麺に、まろやかで奥深い味わいを持つつゆがからむ。初めはカリッと軽いが徐々につゆが染み込んでふわっとやわらかくなるごぼう天も旨い。シャキッとした食感のごぼうもいいアクセントだ。
つゆを全部飲み干すと丼の底には『因幡うどん』の文字が現われた。
「全国からお客さんが来てくださいますが、みなさん、つゆをほめてくださるんですよ。この美味しいつゆを味わっていただきたいので、うちには『カレーうどん』などはないんです(笑)」。
麺もつゆもごぼう天もやさしくて飽きのこない味わい。毎日訪れる方がいらっしゃる理由に違いない。
塩水を作り一晩ねかせた後、小麦粉とこねて一晩ねかせる(写真)。3回に分けてうすくのばした後、切ってゆで、各店に運ぶ
昆布とカツオ節の他、イリコやサバなどの雑節を使った出汁に、海水塩と日田の醤油を加える。湯せんしたものを最後に丼に注ぐ
揚げ玉を寄せ集めた中にスライスしたごぼうが入っているという形。初めはサクッと軽く、徐々につゆが染みてやわらかくなる
足踏みもして数日間かけて作る麺も、昆布やカツオ節に加えサバやイリコなどの雑節をたっぶり使って作るつゆも、昭和26年の創業時から変わらない。ふっくらやわらかな麺とまろやかな味わいのつゆはやさしい味わいで飽きがこない。ななめにスライスしたごぼうが入ったごぼう天は、初めはサクッと軽く徐々につゆが染み込んでやわらかくなる。
住所 | 福岡市中央区渡辺通2-3-1 |
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電話 | 092-711-0708 |
営業 | 10:00~20:30(日祝日?20:00) |
休み | なし(元日と1/2のみ) |
席 | 30席 |
カード | 不可 |
駐車場 | なし |
URL | http://www.shokokai.ne.jp/inaba/ |