殻から伸びだしている水管の部分を一夜干しにする。生に近いもの、しっかりと干したものなど、干し加減で味わいも異なる
筒状の水管を開いたものを炙るので、反ってしまわないように内側から炙ったり、網ではさんで炙ったりする
タテに裂いたり、ヨコに切ったものを食べる。そのまま食べても旨いが、一味唐辛子やマヨネーズが添えられることが多い
「昭和21年、祖父が松原神社(佐賀市内にある神社)の横で屋台を出したのがはじまりです。戦時中、祖父がモンゴルにいたこともあって、店舗を構えることになった時に『じんぎすかん』という名前にしたんです。当初は『じんぎすかん鍋』も出していましたが、今は和食の店ですから、店名とはギャップがありますね(笑)。けれど、そのギャップのおかげで、みなさんに覚えていただけます」。そう話してくださったのは、三代目の店主・田中寛二さんだ。
ピカピカの厨房からは田中さんの丁寧な仕事ぶりがうかがえる。「厨房は、きれいじゃないと美味しい料理はできないと思いますから。まあ、『うみたけ』は炙るだけなんですけれど(笑)」。
現在、『うみたけ』は漁が控えられているため、残念ながら生きた状態で届くことはない。こちらで使われているものも『うみたけ』を開いて冷凍したものだ。
「『うみたけ』は、形としてはミル貝に似ていますが、色は黒っぽいですね。殻からニョキッと出ている水管を食べるんです。水管はつついても伸びたままで、貝殻の中に入ってしまうことはないですね。生きた『うみたけ』は、そのままでも食べられますから刺身にもできます。刺身は、酢みそで食べると美味しいんですよ。冷凍されて届くものは水管をタテに切って開いたものです。これを解凍してから使います。解凍したものをそのまま生の状態で炙ったり、一晩常温で干して、一夜干しにしてから炙ったりします。一夜干しにすると旨味成分が出ますし、生のまま炙るとやわらかい身を楽しめるので、どちらもおすすめです。解凍したものを、そのまま料理に使うと少し泥くさいので、表面を軽くタワシで洗うのですが、完全にきれいにするわけではありません。多少の泥臭さは残している感じです。この泥臭さ、というか泥の風味も、『うみたけ』を炙って食べる時に欠かせないものなんですよ。特に佐賀の方は『洗わんでそのまま炙っていいけんね』と言われたりしますね」。
解凍したものをそのまま炙る『うみたけの炙り』を作っていただいた。軽く洗われた『うみたけ』は、水管の開いた形が三角形。幅の広いほうに、包丁で切り目を入れてから炙る。
「この切れ目は、後で裂きやすくするためです。
強火ではなく、弱火でゆっくりと内側から炙っていきます。外側から炙ると、くるりと巻いてしまうんですよ。いい香りがしてきたら、ひっくり返してもう少し炙ります。ちょっとレアな感じの方が、弾力があって美味しいですね。
炙ったら熱いうちに先ほどの切れ目から裂いて、レモンと一味唐辛子を添えてできあがりです」。
香ばしく独特な香り。そのまま食べても美味しいし、レモンを絞って一味唐辛子をつけて食べると、独特の味わいが、より深くなる。
「よくかんで食べてくださいね。かめばかむほど味が出てきますし、違う味わいもしてきますよ。焼酎のつまみにぴったりですね。一夜干しにしても美味しいですが、完全に乾かしたスルメのような状態のも美味しいですよ。今の若い方の中には食べたことがない方も多いようですね。私は小さい頃食べていた記憶はありますが、それはおやつだったのでしょう。有明海の『うみたけ』は、春から夏が旬なのですが、昔、『うみたけがたくさん獲れる時は台風が来る』と言われていたことも覚えています」。
カウンター席の前に置かれたネタケースには玄界灘や有明の魚介がずらりと並んでいる。
「私がそうなのですが、料理屋では魚介類を見て楽しんで、たくさんの中から選べたほうがおもしろいと思うんです。だから、常時たくさん並べています。ただ、私としては、ネタケースをもっと大きくして、もっとたくさんの種類の魚介を並べたいと思っているんですよ。佐賀には、他県にはない、ムツゴロウやクチゾコといった魚介もありますし、種類は一緒でも、有明海で育つことで味わいが変わる魚介もあります。佐賀の様々な味をぜひ味わっていただきたいですね」。
さばかれ、開いて冷凍された『うみたけ』の表面を軽く洗った後、そのまま炙るか、一夜干しにして炙る
弱火でゆっくりと炙る。表面が反って丸まってしまわないように、まず内側から炙った後、外側を炙る
裂いたものをそのまま食べても美味しいが、添えられているレモンを絞り、一味唐辛子をつけて食べると旨味がさらに増す
カウンター前のネタケースにずらりと並ぶのは、玄界灘や有明海の魚介。活き造りや会席料理で新鮮な魚介を食べられる和食店だ。特に、注文後に生簀から引きあげてさばく呼子産のイカの活き造りは、人気の一品とのこと。『うみたけ』は、生を炙ったものは身のやわらかさを、一夜干しして炙ったものは、より濃厚になった旨味を楽しめる。