ゆでる、あるいは蒸す、という料理法で提供された旭蟹がその旨味が一番わかる。各店が料理法に工夫を凝らしている
酢と醤油を使ったさっぱりしたカニ酢をつけていただくのも美味しい。二杯酢、三杯酢など、酸味や甘味のバランスが重要
シンプルな食べ方だけではなく、旭蟹を使った様々な料理もある。そのどれもが、旭蟹の旨味を別な角度から引き出している
「旭蟹はおもしろい蟹ですね。蟹なのにまっすぐしか歩けないし、他の蟹に比べると殻もやわらかいし。夏の卵を持っている時期と秋と、旬も2回あります。冬の蟹ではなくて、夏の蟹なんです。宮崎や鹿児島、和歌山でも獲れるようです。宮崎で蟹を食べると言えば、山太郎蟹で作る蟹巻き汁などが中心で、旭蟹がよく知られるようになったのは、ここ最近だと思いますよ。
旭蟹のシンプルな食べ方としては、生きたまま水に入れてさっとゆがいて食べるのも美味しいですが、うちでは蒸しあげています。お腹の部分に塩を盛り、酒をふって蒸し器で15分くらい蒸します。
蒸しあがったら、甲羅を一度ぱかっと外してから盛りつけてお出しします。
蒸しあがった時の香りはとてもいい香りです。さしずめ“プロヴァンスの風”かな。具体的に言うと…甘くって香ばしくて“カニカニ”した香りというか…(笑)」。
軽快にお話をしてくださるのは店主・岡田圭史さん。陽気な人柄に取材班もすっかりリラックスさせていただいた。しかし、かつて、京都の茶会席の店で修行し、2005年に『岡茶』を開いた岡田さん。料理は丁寧で繊細だ。
蒸し器には鍋のふたをするわけではなく、巻きすとザルがのせられている。
「素材に鍋の香りかうつらないように、上に置くのは巻きすとザルです。火を止めたら、ザルにそのまま旭蟹をのせられますから。そして、余熱で中に火を通すようにするんです。このタイミングを見極めるのは、勘ではなくて経験ですね。香りでわかります。京都で修行してる時は、『風邪ひいて香りがわからないやつは帰れ』と厳しく言われてましたよ。私は帰りませんでしたが(笑)」。
料理に使う塩は3種類。その中で旭蟹を蒸す時に使う塩も決められている。
「旭蟹を蒸す時には海塩を使っていますね。見た目にもっちりした塩でしょう?ミネラル分がいっぱいです。これが蟹の身にいい具合に溶け込むわけです」。
ゆでた旭蟹や蒸した旭蟹は、カニ酢をつけて食すことが多いが、こちらでは、そのままいただく。
「身がきれいでしょう?そのまま食べていただくのが、旭蟹の旨さが一番わかりますよ。大きいのは4等分に切ったりもしますが、旭蟹は他の蟹と違って簡単にザクザクと切れますよ。身はもちろんのこと、メスの旭蟹は、蟹みそに加えて、内子(うちこ)も香りがいいし、美味しいんですよ。いかがですか?あまり良くない旭蟹だと、香りが良くないんです。生の状態での見極めとしては、ずっしりと重たい旭蟹がいいですね」。
蟹みそとはレバーのようなもの、内子とは卵巣のこと。この香りと甘味は旭蟹でしか味わえないものだ。
「旭蟹はお腹に身がつまってますが、ナンコツが多いので身が縮まって身が離れにくくてすこし食べにくいですね。もちろん、爪と足も食べれるんですが、宮崎の方はおおらかな人が多いのか、そこまで細かく食べる方はあまりいないですね」。
他にも旭蟹を使った料理を作っていただいたが、どれも手間のかかる品だ。
「こちらは『旭蟹ごはん』。ほぐした旭蟹の身とごはんを合わせたものですね。それからこれは、ほぐした旭蟹の身と内子にウニを入れてかきまぜて、幽庵地(ゆうあんじ:醤油ベースのタレ)をかけて、少し炙ってウズラの卵をのせたものです。どちらも身をむしるのは大変ですが、料理は準備が9割。手間かけてなんぼです。手間が値打ちですから」。
旭蟹の味わいは、料理の素材としても格別なものなのだ。しかし、同じ料理がいつもあるわけではないのだそう。
「いつも同じことはしないもんで、料理もすぐに変わるんですよ。料理はインスピレーションですから、ひらめいて新しいものを作りますね」。
では、旭蟹の蒸し方も、経験とインスピレーションから生まれたのだろうか?
「親父も料理人で、親父から教えてもらいました。親父は大嫌いだけど、私にとって神様みたいな存在ですね」。
最後に、旭蟹と芋焼酎についてお話をいただいた。
「旭蟹の身はさっぱりしていますから、私は吉助の白がおすすめかな。まず、吉助を少しなめて、旭蟹を食べて、今度は多めに吉助を飲んで…、その時の鼻からぬける香りがたまらないと思います」。
お腹の部分に塩を盛り、酒をふって蒸し器で15分くらい蒸す。その後、ザルにあげて余熱で中まで火をとおす
カニ酢はつけず、そのままいただく。味付けは、蒸す時に使う海塩と酒のみだが、それが旭蟹の甘味を引き出すのだ
手間をかけ、様々な料理が作られる。常に新しいものが生まれるので問合せを。写真は『旭蟹ごはん』
決して高くない価格と宮崎産のものを使った豊富なメニュー、さらに店主・岡田圭史さんの陽気な人柄は手軽に楽しめる居酒屋のよう。しかし、京都の茶懐石の店で修行した岡田さんが作る料理は、有田焼の皿に美しく盛られ、その味は繊細で奥深い。腹に塩をのせ、蒸していただく旭蟹は身の甘さが際立つ。その他、丹念に蟹の身をほぐして作る料理もある。