九州の味とともに 夏

この料理の"味のキーワード"

材料

基本的な材料はエゴノリとイギス。産地や採れる海の深さによって質が異なるので、天日に当てたり、ブレンドしたりして調節する

煮方

材料を湯に入れて煮込み溶かす。材料と水の割合もできあがりを左右する。丹念に混ぜることも不可欠

成形

煮溶かしたものを裏ごしして小判型に成形。かつては一枚ずつ手作業だった。冷えて固まったらクルクルと丸めるのが博多流

語り 林隆三商店 林晃弘の「おきゅうと」

林晃弘さん

「『おきゅうと』はエゴとケボの割合が大事やね」。

エゴノリとイギスは洗ってから水でもどす

エゴとはエゴノリのこと、ケボとはイギスのことで、博多ではこう呼ばれることも多い。大きな釜の中で煮られるエゴノリとイギスを木の棒でぐるぐると回しながら、『林隆三商店』3代目・林晃弘さんはよく通る声でお話してくださる。
「昔は、すぐ近くの今の国道3号線のとこは、松林と砂浜やったですからね。埋め立てる前は箱崎も海がすぐやったから、ここいらへんにある家はどこも『おきゅうと』を作って行商していたとですよ。6〜7月頃に海面にあがってきたり、浜に打ち上げられたり、潜って採ったりしてね。昔は博多湾でエゴとケボが、『おきゅうと』作りするのに、ちょうどいい具合に混ざった状態で一緒に採れよったんですよ。エゴで粘りを出して、ケボで固めるわけですね。エゴは福岡から青森まで日本海でしか採れん海藻です。海がきれいじゃないと採れんから、今は石川や新潟や北陸産のものを使っとります。だから、エゴとケボをいい具合に自分でブレンドせんといかんですね」。

材料を大釜で煮込む。ガスの炎の調節も重要

乾燥状態の材料は洗ってから30分ほど水に浸して大釜で煮込まれる。自然に乾かして乾燥させた材料は、4年くらいは味も変わらないのだそうだ。
「エゴも産地や、同じ産地でもその年の波の状態とかで、硬さやら粘りが違うので、何種類かをブレンドせんといかんですね」。

混ぜるのは力仕事。棒の釜の縁にあたる部分は細くなっていた

そのお話の最中も大釜を棒でかき混ぜる手が休まることはない。
「混ぜとかんと焦げますからね(笑)。材料によって、そのたびそのたび、混ぜ方というか練り方は違うとです。手の感触でやってますね。同じ量の材料を使っても、できあがる量は一定ではないとです。できあがりが同じになるように夏は硬めに練るし、冬は軟めに練ります。ほんと、自然相手ですね」。
釜を熱する火力にも注意が払われている。
「釜はレンガ積みの竃に置かれとりますが、当然、昔は薪やったんです。現在、うちでは、薪で熱するのに近いようにと、火力の強いプロパンガスでやっとりますね」。

ほどよい煮込み具合は手の感覚が教えてくれるとのこと

エゴとケボは煮込まれて、色は赤色から飴色に変わり、軟らかくなる。

煮込みが終わったら、裏ごしする器に移し、裏ごしする

次に、横の漉し器に移されて裏ごしされる。
器の下は細かい目の網状になっていて、デッキブラシのブラシ部分を4つ組み合わせたような器具をモーターで回転させて裏ごししていく。

裏ごしは、デッキブラシのブラシ部分が4つ繋がったようなものを回転させて行う

「網の目の大きさと、裏ごしする時の力のかけ方で、食感がかなり変わりますけんね。じいちゃんたちが作りよった時は手作業でゴシゴシやっていて、今よりちょっと荒い感じの『おきゅうと』やったようです。特注の網は3カ月に1度くらい交換しています。煮込む時に出るアクは裏ごしすると取れるし、貝がらとか、溶けないやつも裏ごしすると取り除くことができますね。裏ごしせんとザラザラなのができるとです。新潟あたりに『おきゅうと』に似たものがあるけど、そこのは裏ごしせんけん、ザラザラした食感ですもんね」。

成形して固まった後、パッケージする。クルクルと丸めるのが博多流

裏ごしされた材料は、機械で成形され、冷えると固まる。
「ちょっと前までは、おたまを使って手で形を作ってましたね。成形は機械だけど、味は昔と変わらんですね。広がった状態でパックするものと、昔ながらのクルクルと巻いてからパックするものがあります。

行商に使われていた木箱

昔は木箱に並べて行商しよったけど、丸めておくと並べやすいし、1本からでも売りやすかったけんですね。売り子さんがリヤカーを引いて箱崎から西新の方まで行って、『おきうとばい、おきうとばい』と言いながら売りよったそうです。そしたら、旅館に泊まっとった人が、『起きるとばい』に聞こえたらしく、『朝、みんなで起こしにきてくれて、博多の人は親切やね』と言いよったという話もありますよ(笑)」。

林さんの住む箱崎では、今でも日常的に『おきゅうと』がよく食べられているのだそうだ。
「箱崎あたりでは、朝ごはんと言ったら、かつては、『おきゅうと』、くじら、アサリ、味噌汁やったですね。だから、今でも脈々と続いていて、『おきゅうと』も、みんな小さい頃から食べつけているし、普通に食べる習慣があるので、今の子どもたちも大好きですよ。食卓に並べば、丼いっぱい食べる子もおりますよ。できたてよりも、一晩冷やして締まったほうが美味しいですね。淡白な味やけど、醤油、ゴマ、カツオ節、ショウガなどと一緒にすると旨かですね。ポン酢をかけて食べるのは最近の食べ方と思います。僕は醤油がよかですね。『おきゅうと』は、博多ではごはんのおかずやね。酒の肴にするのもよかばってんね(笑)」。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

材料

エゴノリ(右)とイギス(左)を使用。エゴノリは、産地などによって性質が異なるため、何種類かをブレンドして使う

煮方

乾燥状態の材料は洗ってから30分ほど水に浸して大釜で煮込む。竃は薪の火に近いようにと、火力の強いプロパンガスを使用。棒で混ぜながら煮込む

成形

裏ごしされたものを機械で成形。上から高圧の空気をかけて伸ばすという仕組みだ。冷えて固まったらパックしていく

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林隆三商店 創業90余年。箱崎で作り続ける老舗

かつて『おきゅうと』作りのメッカだった箱崎で、今なお『おきゅうと』作りを続けている。材料となる海藻のエゴノリとイギスはすべて国内産。材料を煮込むための竃は、薪の火に近いようにと、火力の強いプロパンガスを使っている。成形など一部は機械化されているが、昔ながらの手づくりで、変わらない素朴な味を今に伝えている。

ごはんのおかずにもぴったりの『おきゅうと』
店頭で小売りする『おきゅうと』は工場特価。(小判型5枚入り270円(税込))クルクルと丸めたものが3本入ったパックは、百貨店やスーパーなどで販売

林隆三商店

住所 福岡県福岡市東区箱崎2-13-5
電話 092-651-7109
営業 月、火、木、金 9:00~14:00
休み 日祝、水、土
カード 不可
駐車場 すぐ近くに1台
※記載した内容は2016年7月20日現在のものです。
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