産地、鮮度に各店の料理人は気を配っている。小骨を多く持つハモには『骨切り』という技術が必要となり、料理人の技の見せどころ
上品な昆布出汁が基本。ハモの身の旨さを引き出すには、出汁のいい香りと旨味も欠かせないものだ
ほのかな甘味を持つハモの味を引き出すのがさっぱりとしたポン酢。大分では、特産のカボスを使ったポン酢がよく使われる
中津のハモを全国にしらしめた『筑紫亭』の創業は明治34年。建物は平成15年に国の登録有形文化財に指定された。
「宇佐に海軍があって、その倶楽部だったので戦禍の中でも壊されるのを免れました。食事をした若い特攻隊員が無念の想いから軍刀で柱を斬りつけた跡が残っている部屋もあります」。
案内してくださるのは女将・土生かおるさん。中津を愛し、中津の海に棲むハモを愛しながら、『筑紫亭』に訪れる人々をもてなしている。
「豊前海(ぶぜんかい)にある中津の海はプランクトンがたくさんいて養分が豊富な海です。それは中津湾に注ぐ山国川のおかげです。護岸工事はされていますが、山国川の流れ自体は変わってはいません。山国川の上流は紅葉で知られる耶馬渓で、散ったもみじはバクテリアが土に戻します。森に降った雨がその土で濾過されて山国川に流れこみ、栄養豊富で美しい水が中津湾に流れこむのです。中津には福沢諭吉先生の旧家がありますが、先生は『中津のために耶馬渓の自然を守らなければならない』という想いから、『学問のススメ』の印税で耶馬渓の森を買っていらっしゃるんですよ。これはナショナルトラストの第1号といえるすばらしいことですね。そうやって守られてきた中津の海は国東半島の影響もあって波もおだやかです。深さも太陽の光が届く11m以内で、沿岸から2kmくらいはきれいな砂が続く干潟です。この海で産卵する魚も多いのですよ。豊前海には約500種類もの生物がいると言われています」。
そんな中津の海で育つハモは特別なものなのだという。
「通常、ハモは6月〜9月の魚と言われていますが、中津では1年中美味しいハモが穫れます。中でも、真ハモ(マハモ)は身が桜色で、骨も身もやわらかく、お魚の中の女王様と呼ばれるものです。私たちは、その真ハモをみなさんに召し上がっていただき、ハモの本当の美味しさをお伝えしたいと思っています」。
土生さんの案内で厨房へ。こちらで料理するハモは、その日の朝穫れたものだけだ。
「重さが1〜1.5kgくらいのハモがいいようです。目が小さくてやさしい顔をしているハモが美味しくて、いかつい顔のハモはやっぱり骨も少し硬いみたいですね(笑)。水から揚げても3日間生きているほど生命力の強い魚で、歯が上あごに3本、下あごに2本ついていて獰猛です。かみつくこともあるので注意が必要ですね」。
頭に目打ちされても暴れまわる生きのいいハモがさばかれている。料理人さんが詳しく説明してくれた。
「まず、表面のぬめりを金たわしでとります。ハモは皮と身の間にコラーゲンを持つのですが、体の表面にもコラーゲンが出ていて、これが陸に揚げられても3日間生きられる理由ですね。頭を落としても動き回る、本当に生命力の強い魚です。腹を裂いた後、きれいに洗ってふきんを巻いて30分ほどねかせます。これは骨切りする時、まっすぐ切るためです。身の水分を、ある程度抜いて、身を落ち着かせないと切った時に波打ってしまうんですよ」。
ふきんから取り出されたハモが再び料理人の手にかかる。中骨をとったら骨切り。厨房に包丁が骨を切るカリカリという音が響く。
「皮一枚は残しますから、裏返して皮の面から見ると骨切りした筋が見えますよ。骨切り包丁は厚手で重たいものを使っていますね」。
丹念につくりあげられたはもしゃぶをいただく。紙鍋に入れられた昆布の一番出汁の中にハモの身をくぐらせると、チリチリと身が反り、白いぼたんの花が咲く。ポン酢の薬味に付くのはネギ、もみじおろし、生のカボスだ。
「コラーゲンがあるので、美人食でもありますね。私は昆布出汁の味が、ハモのミネラル豊富な味を迎えにいってるんじゃないかと思うのですよ。ポン酢は私の息子が担当です。中津で享保元年(1716年)に創業した『むろや醤油』さんに特別に作っていただいた醤油、昆布とかつお節の出汁などを使う特製です」。
淡白だがやわらかく深いハモの身の味わい、独特の皮の食感…土生さんのお話を聞きながらだと美味しさも倍増だ。最後は、紙鍋にポン酢を入れ、お吸い物のようにしていただいた。
「料亭は日本文化を集積したもので、この文化を私は守りたいと思っています。そして、ハモのことを考えるようになって、いろんなことを知りました。中津の海、山国川、耶馬渓の森、自然、宇宙…すべてつながっているんですよね。ハモがいたから、今の私もいる。ハモがすべてを教えてくれました」。
土生さんは、ハモ料理を通して多くの人に、どんな場所でもいつの時代でも変わることのない“大切なこと”を伝えようとしている。
豊前海で穫れる、身が桜色の『真ハモ』で、その日の朝に水揚げされたものしか使わない。中津では、1年を通して真ハモが穫れるとのこと
ハモの身をくぐらせるのは紙鍋に入れられた昆布の一番出汁。真っ白な紙鍋の中でハモの身でできた白いぼたんの花が開く
中津の老舗『むろや醤油』で特別に作ってもらった醤油に昆布とかつお節の出汁などを合わせる。食べる前に薬味の生カボスをしぼる
中津のハモを全国にしらしめた明治34年創業の料亭。1年中、その日に水揚げされたものだけを使ったハモ料理をいただくことができる。中でもこちらで使うのは『真ハモ』と呼ばれる、骨も身もやわらかく味わい深いハモ。「真ハモは身が桜色でお魚の中の女王様と呼ばれるものなんですよ」という女将・土生かおるさんのハモから広がる話も味わい深い。
住所 | 中津市枝町1692 |
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電話 | 0979-22-3441 |
営業 | 11:00〜21:00(要予約) |
休み | 不定 |
席 | 大広間(80名)、中広間(20名)、3部屋ある小部屋(6名) |
カード | 可 |
駐車場 | あり |
URL | http://www.chikushitei.com/ |