『たらおさ』を水で戻し、下ゆでした後、適当な大きさに切る。戻し方とゆで方ができあがりの食感を左右する
味付けは醤油、酒、砂糖、みりんといったシンプルなもの。唐辛子などを加えピリ辛に仕上げることも多い
やわらかくなるまで弱火でじっくりと煮込む。煮込みの後、一晩ねかせて味を染み込ませている
目の前を流れるのは三隈川(筑後川の上流に位置する川)。
「『たらおさ』は川がとてもきれいだった頃は川に入れて戻していたのですが、今はボウルに地下水を張り何度も水を替えながら3日間かけて戻していますね。この時が一番独特の匂いがします。『たらおさ』を水で戻している家は匂いでわかりますからね(笑)。戻すのを上手にやらないと煮物が美味しくならないんです」。
昭和29年創業の『春光園』の3代目となる店主・後藤功一さんは、夏がくると『たらおさ』の煮物を作られている。
「『たらおさ』は色と、不純物がきれいに処理されているかを見極めて仕入れています。きれいなべっこう色がいいですね。大きなたらが獲れなくなったようで、『たらおさ』も小さなものしか手に入りにくくなってしまいました」。
水で戻した『たらおさ』はエラと胃の部分を切り分ける。
「煮る時に身が縮むのでちょっと大きめに切り、一度下ゆでします。これは乾物の臭みを取り除くためですね。
うちでは自家製の干しタケノコも一緒に煮るので、干しタケノコも水で戻して下ゆでしておきます」。
下ごしらえが終わったら煮込みが始まる。
「水、酒、みりん、砂糖、日田の醤油で煮汁を作ります。砂糖は照りが出るようにザラメを、醤油は普通の醤油と刺身醤油を使っています」。
エラのコリコリ感と胃袋のもちもち感。異なる食感を甘めの味付けが包み込む。
「冷蔵庫がない時代には、今よりも濃い味付けで炊いていたんですよ。甘い煮汁をからめて空気を遮断することによって、日持ちさせていたんです。昔の煮物はベタベタに甘かったんですよ(笑)。今は冷蔵庫がありますから家で作る時も好みの甘さにすることができますね」。
料理の作り方だけではなく、『たらおさ』にまつわる様々なお話もいただいた。
●『たらおさ』が作られた理由
「たらの身の部分を食べるのは普通ですが、『たらおさ』のようなエラや胃袋まで食べるというのは日本人ならではの考え方があると思います。“魚は神様が与えてくれたもの。残してはいけない”という考え方があったのでしょう。エラをきれいにするなど手間がかかるのですが、それでも食べられる部分は全部食べようとしたのですからね。昔はたらはたくさん獲れていたわけですが、身以外の部分を捨ててしまったら自然が汚れてしまうから、それを防ぐというのもあったのかもしれません」。
●『たらおさ』の歴史
「『干したら』や『たらおさ』は北海道などで作られていて、それが(北海道の)松前から北前船に乗って各地に届いたようです。舞鶴の港も経由するので、身の部分はほとんど京都に行ってしまったようですね(笑)。そして『たらおさ』は博多に届き、博多商人が煮付けを作って食べたようです。当時は『たらおさ』は安いものだったはずですし、商人は食べ物にはお金をかけませんからね。博多商人と日田商人には当然つながりがあったので日田にも伝わったわけです。日田は江戸時代天領で、各地から物資が集まり、砂糖が手に入りやすかったようです。そのことも、『たらおさ』の煮物が広まった理由なのかもしれません」。
●『たらおさ』が食べられている地域
「博多から甘木を通って日田に伝わったようで、甘木でも食べられています。甘木では、農繁期の時に作り置きして食べているようですね。小国の方は日田まで買い物に来ていたということもあり、小国でも食べられています。あと、大山や浮羽でも食べられています。『たらおさ』を知らなかったうちの嫁は初めて見た時、『なんでこんなものを食べるのだろう?』とびっくりしていましたよ(笑)。かつて、富山から来たおばあちゃんが『たらおさ』の煮物を食べて、懐かしいと言われていました。富山にも北前船が着くから、昔は食べる習慣があったのでしょうね」。
●日田のお盆と『たらおさ』
「日田ではお盆の時に必ず食べるので、『たらおさ』を日本一食べている街かもしれません。『盆だら』と言う呼び方もありますね。乾物は精進料理にできますし、作り置きしておけば、お客さんが来てなにか出さないといけない時に重宝しますからね。乾物はもちろん、水でも戻した『たらおさ』が魚屋さんで売られていますし、スーパーでは炊いたものも売られていますよ。『たらおさ』を食べる習慣が日田に残っている理由は、やっぱり美味しいからでしょうか(笑)。そして、日田には2世代・3世代で住んでいた家族が多かったからかもしれません。そういう世帯では『たらおさ』が伝わっていきますね。けれど、食べる人はだんだんと少なくなってきているようです」。
京都で修行された後、故郷の日田に戻ってこられた後藤さん。戻ってこられて以降、天然物にこだわった料理を作られている。
「郷土料理とは何かと考えた時、私にとっての郷土料理は、目の前の三隈川で獲れるものを使った料理だと思ったのです。それで、“地元の伝承料理を出そう。鮎を専門にしよう”と思ったのです。鮎以外のウナギやスッポンもすべて天然物です。どれも美味しいですよ。茶懐石料理でも“その土地の旬の素材を使う料理が一番美味しい”と言われていますからね。日田には昔ながらの料理法もまだ残っています。変わっていくことが悪いとは言えませんが、昔のものを大切にして伝えていきたいですね。いろんなことを調べるのは趣味でもありますから(笑)」。
何度も水を替えながら3日間かけて戻す。大きめに切った後、下ゆでして干物の独特の匂いを取り除く
調味料は酒、みりん、ザラメ、日田の醤油(普通の醤油と刺身醤油)。自家製の鮎の魚醤と赤い唐辛子も使われる
煮汁の中に切り分けて下ゆでした『たらおさ』と、自家製の干しタケノコを水で戻して下ゆでしたものを入れて1日煮た後、一晩ねかせる
昭和29年に創業した天然鮎料理で知られる店。天然鮎のシーズンは、5月20日〜10月下旬で、三隈川を眺めながら天然物ならではの旨味を楽しめる。ウナギやスッポンも天然物で、こちらも奥深い味わいだ。『たらおさ』は何度も水を変えて戻して下ゆでした後、自家製タケノコと一緒に煮込む。煮汁に加える自家製の鮎の魚醤が隠し味だ。