九州の味とともに 冬

この料理の"味のキーワード"

イラブー

イラブーの燻製をよく洗った後、下ゆでしてアクを取り除く。燻製のやり方によって、洗い方を変える必要があるようだ

作り方

下ゆでしたイラブーの燻製を適当な大きさに切り、じっくりと煮込む。カツオ出汁や豚出汁を加え、テビチ(豚足)や昆布を添える

味付け

イラブーの燻製から出るスープに、カツオ出汁、昆布出汁、豚出汁なども加えるため、塩だけで味付けされることが多い

語り 食事処 とくじん 西銘正博の「イラブー汁」

NPO法人久高島振興会理事、久高島区長・西銘正博さん

那覇市中心部から東へ車で約40分の南城市安座真港(あざまこう)。ここからフェリーに乗り、約25分で久高島(くだがじま)に到着する。久高島は、琉球の祖・アマミキヨが天から舞い降り、ここから国づくりを始めたと言われる琉球の聖地。今も多くの神事が行なわれており、一般の観光客は立ち入れない場所もある神の島だ。琉球王国時代、イラブー漁は久高島でのみ許され、燻製づくりが行なわれていた。

NPO法人久高島振興会理事・西銘正博(にしめまさひろ)さんに、イラブー漁、イラブーの燻製、『イラブー汁』についてお話をうかがった。
「イラブーの燻製は王様への献上品で、イラブーを燻製にする技術と文化は神事を司る神官・祝女(ノロ)の家系によって受け継がれてきました。イラブー漁を行なうのは『ハッサ』と呼ばれる女性で、妻が獲り、夫が燻製づくりを行なっていました。1組の夫婦が2年間この役目を行なっていたのです。8年ほどイラブーを獲らない時期もあり、今はハッサはいません。燻製も私たち島の男性で作っています。2人のおばぁが旧暦の6月24日から12月23日までイラブー漁をやっています。漁といっても素手で手づかみするんですよ。海辺にイラブーガマと呼ばれる、イラブーが産卵のために上がってくる洞窟があります。そこで待ち受けて、素手で捕まえるのです。イラブーは光を嫌いますから、漁は夜真っ暗な中でやるんです。イラブーはハブの数十倍の毒を持ちますが、攻撃はしてきません。ちなみに、イラブーは頭が小さくまるっぽいのですが、頭が三角のウミヘビは獰猛です。潮の満ち干の関係もありますが、天気のいい日は毎日漁に出て、1回で4〜5匹、多い時は20匹くらいが獲れます」。

漁の話の後、燻製小屋に案内していただいた。取材時には燻製は行なわれていなかったのだが、あたりには燻香が漂っていた。小屋の後側にある網をはった箱の中にいるのは、生きたイラブーだ。

燻製小屋の裏側にある箱の中には生きたイラブーがいる

「おばぁたちが獲ってきたイラブーが200匹ほどになったら、燻製にするのです。それまではエサも何も与えなくても生きていますから、生命力は強いですね。ただ、なるべく早く燻製にしないとイラブーの脂が抜けてしまい、いい燻製になりません」。

ここからが本格的な燻製づくりだ。
「久高島では伝統的な手法で燻製づくりが行なわれています。まずイラブーを締めた後、熱湯の中に入れて取り出し、ウロコと内臓を取り出します。水洗いしてお湯で6分ほど煮て、もう1回、おなかの中をきれいにしてから冷やします。そして、焙乾家(ばいかんやー)と呼ぶ燻製小屋で燻製にするのです。現在はガス釜を使う方法などもありますが、久高島では昔ながらのやり方です。竹の網の上に並べるのですが、両側から引っ張ってまっすぐになるようにしています。燻製に使うのは乾燥したモンパの葉と、乾燥したアダンの実です」。

燻製に使う乾燥したモンパの葉と、乾燥したアダンの実

「午後1時に1回目の火入れ。初めはおなかを下にして半日ごとにひっくり返します。1日おきに火入れを3回行ない、火が燃え尽きたら自然に冷まして釜出しをして、ススをふいてできあがりです。合計7日間も必要なんですよ。燻製にすると元の大きさの1/4くらいになりますね」。

倉庫にはできあがったイラブーの真っ黒い燻製が数多く置かれていた。

イラブーの燻製

棒状のものと、渦巻き型のものがある。
「渦巻き型のものは、持ち運びやすいようにその形になったようですね」。
イラブーの燻製は久高島振興会が販売も行なっているそうだ。

西銘さんは『イラブー汁』づくりも手がけられている。
「1回で40人前ほどを作っています。朝7時から始めて、できあがるのは17時くらいですね」。

燻製と同様、『イラブー汁』づくりもとても手間のかかる仕事だ。
「イラブーの燻製はススがついていますから、小麦粉を水に溶かしたものを使い、タワシで洗います。さらに、小麦粉に酢を入れたもので洗います。40人前に使う燻製は大体6本、重さにして1kgほどになります。きれいに洗うのに40分くらいかかりますね。きれいになったものを熱湯に入れて15分ほどゆでた後、6cmほどの輪切りにします。ここからがさらに時間がかかります(笑)。アクや浮いてくる不純物を取り除きながら1時間ほどかけて煮込みます。浮いてくる脂も取り除きます。さらに水を足して圧力鍋で45分ほど煮込みます。骨まで食べられるように仕上げるのです。この後、冷えるまでアクや不純物などいろんなものが浮いてくるのですが、それらをきれいに取り除いていかないと苦みが出てしまうんですよ」。

イラブーの燻製を煮込むのと並行して、ソーキ(豚の骨付きあばら肉)や昆布の準備も行なわれる。
「昆布は水で戻して結んでやわらかくなるまで煮ます。ソーキはゆでて5分ほどしたら脂を取り除き、本格的に煮込んでいきます」。

スープを仕上げ、具材を合わせて『イラブー汁』は完成する。
「イラブーの燻製を煮込んだスープにソーキの出汁とカツオ出汁を加えます。調味料は塩だけですね。煮込んだイラブーの燻製1コ、昆布2コ、ソーキ1コが1人前の具材になります。県外の方が多くいらっしゃいますので、食べやすいように作っていますが、私の作り方は、島のおじぃやおばぁの作り方とは違うんです。イラブーの燻製を煮込む時、おじぃやおばぁは脂は取らずにそのままにしておくんですよ。そうするとこってりとした少しクセのある味になりますね」。

西銘さんがつくった『イラブー汁』は久高島徳仁港(とくじんこう)待合所のすぐ横にある『食事処 とくじん』で食べることができる。

『食事処 とくじん』で提供される『イラブー汁』

『食事処 とくじん』は久高島産の野菜や地元の魚を使った料理を食べられる食事処だ。さっそく『イラブー汁』をいただいた。イラブー、カツオ、ソーキから出た出汁がからみあった奥深い味わい。身は骨までやわらかく肉のような食感だ。
「『おすすめは何ですか?』と尋ねられたら、『イラブー汁』をおすすめしますよ。『見た目と違って美味しかった』と言われることが多いですね(笑)。『イラブー汁』はソーキと昆布も入り、とても栄養のバランスがいい料理だと思います。昔から、滋養強壮に効果があると言われていますね。小さい頃は各家庭でもイラブー汁をつくっていました。島では味噌を入れる家もあるんですよ。私たちの『イラブー汁』には大根を入れることが多いのですが、今は旬じゃないので島豆腐を入れています。」とスタッフの内間千賀子(うちまちかこ)さん。

内間さんにすすめられて、イラブーの燻製を泡盛につけこんだ『イラブー酒』を試してみた。

イラブーの燻製を泡盛に漬けたイラブー酒

口の中に広がるスモーキーな風味と独特の旨味は、他にはない味わいだ。

久高島では今も、他では行なわれていない多くの神事が行なわれている。西銘さんからも「イラブー漁が始まる前と、燻製の火入れの度に、必ず自然に感謝して儀式を行ないますね」というお話をいただいた。イラブー漁を素手で行なうことにも、“人間の力が及ぶ分だけをいただく”という意味合いがあるのだという。『イラブー汁』は琉球の歴史を伝え、久高島を象徴する大切な郷土料理なのだ。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

イラブー

琉球王国時代から続く素手による漁法、一週間をかけて行なう燻製法から生まれるイラブーの燻製を使う。丹念に洗いススを落とす

作り方

アクなどを取りながら下ゆでしたイラブーの燻製を圧力釜で煮込む。カツオ出汁とソーキの出汁を加え、昆布とソーキを添える

味付け

イラブーのスープにカツオ出汁、ソーキの出汁を加えることで濃厚な味わいとなるため、必要な調味料は塩のみだ

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食事処 とくじん “神の島”久高島に伝わる『イラブー汁』

神が舞い降り、ここから琉球の国づくりが始まったと言われる聖地・久高島にある食事処。地元産の素材を使った素朴な料理とともに、琉球王国時代から続く素手による漁法、一週間をかけて行なう燻製法から生まれるイラブーの燻製を使った『イラブー汁』を食べられる。イラブーの味わいにカツオ出汁とソーキの出汁もからみあい奥深い味わいだ。

久高島産の野菜を使った小鉢2品やサーターアンダーギーなどが付く『イラブー汁御膳』2000円(税込)。イラブー汁単品は1500円(税込)
イラブーの燻製を泡盛に漬け込んだ『イラブー酒』500円(税込)
久高島徳仁港の待合所横にあり、眺めもいい店内

食事処 とくじん

住所 沖縄県南城市知念久高238
電話 098-948-2889
営業 11:30〜OS21:00
休み なし ※船が欠航の時は休み
40席
カード 不可
駐車場 なし
URL http://www.kudakajima.jp/tokujin.html
※記載した内容は2016年12月20日現在のものです。
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■お取り寄せ情報
イラブーの燻製を取寄せ可能。
問合せ/NPO法人久高島振興会
電話:098-835-8919