九州の味とともに 冬

この料理の"味のキーワード"

材料

エビのすり身がベース。そこに魚のすり身、タマネギ、つなぎにヤマイモや卵などを入れる場合もある。パンは薄めのものを使う

パンにはさむすり身

エビを粗みじん切りにしたり、エビのすり身と、ざく切りを合わせたり、さらに魚のすり身を加えたりと、すり身の作り方は様々だ

蒸し方・揚げ方

エビのすり身をパンに挟んだ後、蒸してから揚げる。蒸し方や揚げ方により食感にも作り手の個性が生まれる

語り 山ぐち 山口邦紀の「ハトシ」

山口邦紀さん

「『ハトシ』の正しい発音は“シャートースー”。それが日本人にも言いやすいように“ハートーシー”、“ハトシ”となっていったようです」。

『山ぐち』店主の山口邦紀さんが、長崎での『ハトシ』のおもしろい話や歴史について語ってくださった。
「『ハトシ』は幕末から明治時代にかけて中国人が伝え、長崎で広く食べられるようになった料理です。中国から伝わったものですから、初めは中国的な香辛料も使われていたと思いますが、それがだんだんと日本人向きの味になり、“日本のハトシ“になったんですね。『ハトシ』はパンがないと作れない料理です。パンは安土桃山時代に日本に伝わっていますが、長崎にも出島にいる外国人たちのために、1軒だけパン屋があったようです。『山ぐち』は、大正10年(1921年)に私の祖父が始めた店で惣菜などを売っていました。その中に『ハトシ』もあったんです。『ハトシ』の“ハ”はエビのことで、“トシ”はトーストのことですから、 “エビトースト”みたいな意味で、エビが入っているのが本来の姿ですが、祖父が作っていて、当時私も食べていたのはエビではなく肉を使っていたものでしたね。当時はエビが高級品だったのかもしれません。パンではさんで揚げれば、長崎では『ハトシ』なんですよ(笑)」。

一般の家庭でも食べられるようになった『ハトシ』だが、料亭の卓袱料理などに出される以外にはあまり見かけなくなる時期もあったのだそう。
「一時期『ハトシ』をアレンジした『アジサイ揚げ』のほうがよく食べられるようになり、『ハトシ』はだんだん無くなってしまいました。『ハトシって何?』という人ばかりになった時期もあるんですよ。それで、復活させなければならないと思ったんです。『ハトシ』は長崎の料理だし、長崎の料理人として残さないといけない。いろいろな場所で“『ハトシ』は、エビのすり身などをパンではさんで揚げた料理で、長崎の卓袱料理のひとつです”ということを言い続けてきました」。

1993年に始まった長崎ランタンフェスティバルにも2004年から出店、そんな努力もあり『ハトシ』はじわじわと広がっていった。今では、卓袱料理以外でも、中華料理屋、カマボコ屋、惣菜店、居酒屋などで広く売られるようになった。

現在、『山ぐち』で作られている『ハトシ』は、エビ、エビチーズ、ひき肉の3種類でメインは中国から伝わってきたというエビを使ったもの。パンにはさむすり身のベースはもちろんエビだ。

小さめのエビをすってすり身を作り、そこに大きめのエビのぶつ切りとタマネギのみじん切りを入れて混ぜる

「エビは小さめのエビと大きめのエビの2種類を使っています。小さめのエビは完全にすりつぶしてすり身にします。大きめのエビはプリプリとした食感を残すためにぶつ切りにしておきます。エビのすり身に2種類の塩や砂糖で味付けした後、タマネギのみじん切りとぶつ切りのエビを加えて、混ぜます」。

パンは下をつなげた状態に切る

できあがったすり身をパンにはさむのだが、『山ぐち』の『ハトシ』は2枚のパンにすり身をはさむわけではない。
「食パンの耳を落とした後、まず8mmくらいの厚さで切りますが、完全に切り離しません。つまり、すり身を詰め込む切れ目を入れるよう形にするわけです。

パンにすり身を詰める

これが中国から伝わってきた元の形なんですよ。作るのには2枚のパンではさむほうが効率はいいですけどね(笑)。この切り方は機械ではできないので、手作業です。黙々と作業していますよ。それから、『ハトシ』に使うパンはバターとか生クリームとかがたくさん入っている高級なパンは合わないようです。エビの味をひきたてるためにも、シンプルな普通の食パンがいいですね。エビは熱が加わると縮む性質もありますから、奥までしっかりと詰めておかないといけないですね」。

せいろに並べて蒸す

パンにすり身をはさんだ後は、せいろに並べ、蒸してから揚げる。羽釜でお湯を沸かして、その上にせいろを乗せるというやり方だ。

蒸しあがるとエビがきれいなピンク色になる

「羽釜は昔から使っていますし、昔ながらのやり方ですね。15分ほど蒸した後、低めの温度でゆっくりと揚げます。

油に入れる

油は、カラッと揚がるように菜種油、コーン油、やし油などをブレンドしたものを使っています。165度くらいで片面2分ずつくらい揚げていきます。

両面をきつね色になるまで揚げる

油から取り出した後、トングではさんで軽く絞るようにして油を切るのが、カリッとさせるコツです。うちでは、蒸して冷凍したものをお取り寄せいただけます。ご家庭で解凍させて揚げていただくのですが、そのギフト商品にはトングをつけています。箸ではさんで振って鍋に落としたりすると危ないですからね」。

トングの先はすべりにくいゴム製。山口さんの心配りだ。

最後にトングで油を軽く絞ることで、よりカラリとした食感になる

揚げたての『ハトシ』はパンの部分はカリカリサクサク。きれいなピンク色を帯びたエビの甘さも際立つ。
「できあがった時にピンク色になるようなエビを使っているんですよ。不思議な料理のようでもあります。中はエビ、外はパンですから、少し食感は違いますが、海老フライみたいなものですよね。海老フライ感覚だからごはんのおかずにもなりますよ。おやつでもあるし、つまみにもなりますね。そのままで美味しいのですが、少し変わった食べ方としては、マヨネーズ、ポン酢をつけて食べるのも美味しいですよ」。

店頭には揚げられた『ハトシ』も並べられているが、10分ほど待てば揚げたてのものを買うこともできる。
「やはり揚げたてが美味しいですからね。一度冷えた『ハトシ』はオーブントースターかフライパンで温めていただけば、できたてのように食べていただくことができます。ただし、電子レンジを使うのは厳禁です。油がにじみ出て、表面がふにゃりとなり、『ハトシ』とは違う物になってしまいますね」。

全国の物産展などに参加して『ハトシ』をPRしている山口さん。その中で感じられることがあるのだろうか?
「やはり九州ではよく売れますね。そして、『ハトシ』に似たようなものが他の街にもあったりするんです。北海道には『パンロール』、大阪には『エビパン』というものもあるんです。『ハトシ』とどこかでつながっているのかもしれませんね。先日、富山のテレビ局から電話があって、魚津漁協が、『魚津ハトシという、新しいハトシを作りました!』とも言われましたよ(笑)。日本のいろんな街の方々が『ハトシ』を食べてくださって、長崎のことを知ってくれたり来てみようと思ってくださるとうれしいですね。ハトシを通じて長崎の食文化を伝えられればと思っています。長崎の料理人としてずっとやっていきたいですね」。

元は中国から伝わってきた『ハトシ』は、“長崎の味”として全国に定着しつつあるのだ。
「一度、中華街の方に『ハトシ』のことを尋ねたことがあるのですが、今は、中国では家庭料理としてしか残っていなくて、飲食店などでは出していないようなんです。『ハトシ』も、当時、海外に開かれていた長崎で、諸外国の料理文化を受け入れて、アレンジした“長崎の味”です。パンを使うこと、油で揚げること…当時は『ハトシ』は“珍しい”のかたまりのような料理だったでしょうね。そして、珍しいと同時に最先端の料理だったと思います。新しい物好きの坂本龍馬も食べていたんじゃないでしょうか?本当のところはわかりませんが(笑)」。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

材料

すりつぶす小さめのエビと、ぶつ切りにする大きめのエビの2種類を使う。その他に使う材料はタマネギ、調味料とパンだけだ

パンにはさむすり身

小さめのエビをすり身にして、塩、砂糖などで味付けし、ぶつ切りのエビとタマネギのみじん切りを加えて練り、パンに詰める

蒸し方・揚げ方

せいろで蒸した後、菜種油などをブレンドした165度ほどの油でゆっくりと揚げる。最後にトングではさんで油をしぼるのがコツ

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山ぐち すり身にはエビだけを使う『ハトシ』

大正10年(1921年)創業の仕出し店。卓袱料理(1人前5,000円〜要問合せ)、折詰、弁当、惣菜などを製造・販売している。『長崎伝承ハトシ』(エビ)には、すり身にするエビとぶつ切りにするエビを使い、甘さと食感を大切にしている。お願いすれば店頭で揚げたてをいただくことも可能。ハトシにはその他、エビチーズ、ひき肉もある。

『長崎伝承ハトシ』(エビ)1コ300円。切ると側面に見えるエビのピンク色がきれいだ
山口さんの姿があるところに油の鍋があり、まさに“揚げたて”のハトシをいただくことができる。店舗は繁華街・浜の町近く

山ぐち

住所 長崎市万才町10-12 山口ビル1階
電話 095-822-1384
営業 9:30〜17:30
定休日 日曜
カード
駐車場 なし
URL http://www.hatoshi.com
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