小麦粉と塩水のみで作る麺は各店特製。自家製麺を使う店も多い。ゆで時間に影響する太さや形にも各店の特徴がある
大きな釜で注文が入ってからゆで始める。使いこんだ羽釜を見ることも多い。ゆであがりは、麺の状態を見たり、麺に触れたりして判断する
昆布、カツオ節、イリコ、干しシイタケなど出汁の材料は各店様々だが、味付けは醤油とミリンだけというシンプルなところが多い
看板には“元祖”の文字。創業50年を越える『重乃井(しげのい)』は、『宮崎釜揚げうどん』一番の老舗だ。
「店を開いたのは香川生まれの母です。香川はうどん処ですから、うどん屋ではなくても、家でうどんを作っていて、子どもの頃から手伝っていたそうです。それがうちのうどんのベース。母が幼い頃は、桶に入れて家族みんなで食べていたようですが、その味と今の味はまったく同じではないと思います。今の味は母が宮崎で作りあげたオリジナルですね。その母の教えをずっと守っているんです」。現在は女将・伊豫展子(いよのぶこ)さんと息子さんの雄三さんが味を引き継いでいる。
麺づくりは雄三さんの仕事。客席から麺を伸ばしたり切ったりしているのを見ることができるが、その奥で麺づくりが行なわれている。
「小麦粉と塩と水を合わせ、ビニールをかけて足で踏んでいきます」。
「しばらく踏んだらビニールをめくって折りたたみなおし、再び踏みます。表面のツブツブ感がなくなり滑らかになるまで、量やその日の状況で変わりますが最低1時間半はかかります。地味な仕事ですね(笑)。今日は10kg弱を踏んでいますが、多い時は30kgほど踏む時もあります。テレビ見たりしながらね。踏み終わったら一晩寝かせて熟成させ、翌朝にもう1回踏んで伸ばして切って麺は完成です」。
「手切りですから、完全にそろっているわけではなくて、長いのも短いのも、太いのも細いのもありますね。切って時間が経つと乾燥してしまうので、一度に切っておくのではなく、営業時間中に随時切るんですよ」。
季節や気温・湿度によって塩加減を調整するのはもちろん、麺をねかせる時も気が配られている。
「夏は冷蔵庫に入れたり、冬は下に座布団を敷いて毛布をかけておいたり…。生き物だから人の手でつくらないといけないし、愛情を持って作らないといけませんね」と展子さん。大切に“育てられた”麺が売切れたら、営業時間内でも暖簾は下げられる。
ツユづくりは展子さんの仕事だ。
「出汁用に北海道産の昆布を2種類使っています。1つは浜に近いところで採れたものを切った長切(ながきり)昆布。もう1つは沖で採れたもので、長いものを幾重にも折った折り昆布です」。
「折り昆布はとろろ昆布にもなり、和食の食材としても使われるような昆布で、本当は出汁にするのはもったいないほどの昆布なんですよ。
鍋いっぱいに昆布を入れて炊き、出汁が出たら昆布は捨ててしまいます。そこにカツオ節とサバ節を入れてさらに出汁をとります。宮崎ではイリコを使うことも多いですが、うちではイリコは使いません。サバ節は旨味を、カツオ節は香りを出すためです」。
「そこに手で小さくくだいた高千穂産の干しシイタケからとった出汁を加えます。そして、出汁の中に残った細かな粒をサラシなどで漉すのではなく、(網杓子やあく取り)で丹念にすくっていきます」。
毎日11時〜15時の間に出汁をとり、16時くらいからツユの味付けを始めるとのこと。
「味付けは醤油とミリンのみで、砂糖や塩は一切使いません。醤油もミリンも特別に作っていただいているものですね。出汁作りから味付けまで、すべて母の教えを守っているものです」。
ツユに浮かべられる揚げ玉作りも展子さんの仕事。
サクサクの揚げ玉は油っこくなく、それだけを食べても美味しい。
『釜揚げうどん』を作っていただいた。カウンター席の内側には、5つの羽釜が置かれており、釜の下にあるコンロともども年季が入ったものだ。
「今の羽釜は20年くらい使っていますね。ずっと火にかけっぱなしだから羽の部分がだんだん薄くなってくるんですよ。下のコンロは開店時から使っているもので、もともと船に積んでいて薪を使うコンロらしいです。中央の釜はお湯が入っていて、各釜への継ぎ足し用ですね。1つの釜で一度に5人前分をゆでることができます」。
釜の中に麺が入れられるが、タイマーなどは置かれていない。
「一人前ずつ、注文が入ってからゆで始めます。大体15分くらいですが、箸で麺をほぐす時に一瞬白くなったりとか、湯の中での麺の泳ぎ方でゆであがりがわかりますね」。
ゆであがった麺を丼に入れ、ゆで汁を注ぐ。麺とは別にネギと揚げ玉を入れた器に温めたツユを注いで、できあがりだ。
甘めのツユが、太さや長さが微妙に違う麺によくからむ。食べ進んでもツユが薄くなる感覚があまりないのが不思議だ。
「うちのツユには昆布をたくさん使っているからだと思います。麺を食べ終わったら、丼にツユを入れてどうぞ!!」
それはちょうどいい塩梅(あんばい)のお吸い物だ。
「ゆで汁だけでも美味しいので、『ゆで汁だけください』という方もいらっしゃるんですよ。母はうどんのツユではなくて、和食の吸い物を作りたかったんです。このツユの味をこわしたくないから、七味も置いていません。すべて食べ尽くして、飲み尽くしていただくのがうちの『釜揚げうどん』です」。“お吸い物”はちらし寿司、いなり寿司と合わせても旨い。
有名人のファンも多く、店内には多くの写真が飾られている。
宮崎キャンプの際は、野球選手も訪れるそうだ。
「お願いされて宮崎キャンプの時にグラウンドまで作りにいったこともあるんですよ」。
多くの人の心をつかむのは、創業以来変わらない手作りの味だ。
「うちには何も機械がないんです(笑)。『釜揚げうどん』しかありませんが、ずっと大切に味を守り続けていきたいですね」。
小麦粉と塩と水を合わせ、ビニールをかけて足で踏んで生地を作る。一晩ねかせた後、もう一度踏んで生地を伸ばし、手切りする
注文が入ってから羽釜で1人前ずつゆでる。ゆで時間は15分ほど。ゆであがりは麺の状態で判断する
北海道産の2種類の昆布、サバ節、カツオ節、高千穂産シイタケでとった出汁に醤油とミリンで味付け。揚げ玉にも味付けしている
女将・伊豫展子さんは北海道産の2種の昆布、カツオ節とサバ節、高千穂産のシイタケで出汁を取り、醤油とミリンだけで味付けしてツユを作る。そして、奥では息子さんの雄三さんが、毎日足踏みして麺を作っている。特製揚げ玉が浮かぶ甘めのツユが、太さや長さが微妙に違う手切りした麺によくからむ。最後は丼にツユを入れてお吸い物として楽しもう。