九州の味とともに 冬

この料理の"味のキーワード"

下ごしらえ

真水に入れて泥をはかせたり、湯通しして表面の薄い皮をはいだりと、手間のかかる下ごしらえが行なわれている

炊き方

甲羅や肉を、水や出汁などでしっかりと炊くことで旨味満点のスープもできる。アクが出るので丹念に取り除くことが必要だ

味付け・食べ方

肉やエンペラは、鍋のスープに直接味をつけてスープと一緒に食べたり、ポン酢を使ったりする。肉類の後は野菜類を食べ、〆は雑炊だ

語り 本家活宝 安心院亭 塚崎清彦の「すっぽん鍋」

塚崎清彦さん

入口にはすっぽんの像、のれんには『鼈一筋』(すっぽんひとすじ)の文字。
「うちはすっぽんしかないけんね(笑)」。
出迎えてくださったのは店主・塚崎清彦さん。『本家活宝 安心院亭』はすっぽん料理の専門店だ。

『安心院すっぽん振興会』の会長でもあり、すっぽんの養殖も行なっている塚崎さんは、すっぽんのこと、安心院のことに詳しい方だ。
「この地域は太古は湖だったそうです。芦が繁っていたことから芦生(あしぶ)と呼ばれていて、それが安心院となったという説もあるんですよ。今は湖ではなく、ほとんどが田んぼになっていますが、津房川(つぶさがわ)、深見川(ふかみがわ)などの川が流れていて、昔から天然のすっぽんがいるんです。昔は安心院には宿がたくさんあって、川魚料理しか出していなかったのですが、やがてすっぽん料理を出すようになったんです。ちなみに、数十年前、このあたりで象の化石が出たということでさらに発掘していると、300〜400万年前のすっぽんの化石が出てきたんです。形も今とほとんど変わらないものだったんですよ。すっぽんはそんな昔からここにいたんですね」。

現・会長である塚崎さんのお父様がお店を始められて約40年、初めはすっぽんをさばくことができなかったのだそうだ。
「すっぽんはしばらく真水に入れて泥をはかせた後、さばきます。さばくのは、まず首を落とすことから始めます。すっぽんを育てる手伝いをしていたので、初めは躊躇しましたね。もちろん今ではやってます(笑)。頭の方をさわるとかまれたりするので注意しないといけません」。

首を落としたすっぽんを湯にとおす

首を落として体内の血を抜いた後、熱湯に軽く湯通しする。

表面の薄い皮をはぐ

「これは、表面の薄い皮をはぐためなんです。皮は泥と直接ふれあっている部分で臭みがあるので、丁寧に取り除きます。

左は薄い皮をはぐ前、右ははいだ後

甲羅の部分などは簡単にむけますが、足先などはめんどうですね。甲羅は皮をむくと薄い緑色になりますね」。

甲羅の中央部分をくりぬくように切る

次に甲羅を切る。
「甲羅を切るのはちょっとテクニックがいるんです。甲羅の縁のほうは、エンペラとかエンガワなどと呼び、特にコラーゲンが豊富なところです。その部分を残すようにして甲羅の中央部をくり抜くように切ります。すっぽんは背骨と甲羅が一体化しているので、首の付け根と尾の付け根を切らなければなりません。あと、傷つけると臭みが出る内臓もあるので、それを傷つけないように切ります。甲羅を外したら、胆のうや心臓など不要な内臓を取り除きます」。

次に食する部分を切っていく。新鮮なすっぽんなので、刺身となる部分もある。
「すっぽんの肉というのは、前足と後足の部分のみです。その中で刺身にする部分は、前足の根元の部分で、人間で言えば肩甲骨にあたる部分についている肉です。比較的幅広いので刺身に切りやすいんです。それでも魚のように整った形のサクのようにはなりませんから、厚い部分も出てきます。すっぽんの身はとても歯応えがあるので、そんな時は、臼杵のフグ刺しのように二段引きにしていますよ。厚さを半分にするように包丁を入れ、切ってしまわないで身を広げるという手法ですね。刺身を取った後の前足や後足はぶつ切りにして水炊きや唐揚げに使います。前足にも後足にも根元には白い脂のかたまりがついていますが、これがすっぽんにとって冬眠の時のエネルギーの源なんです。ラクダで言えばコブみたいなものですね。時期によって、この脂の量は違います。冬眠して1カ月ぐらいは脂がぎっしりですが、冬眠明けは脂の量は少ないです。これも旨味になるので肉に少しつけたままにするのですが、多すぎる時は少し取り除きます。それから、刺身としては、肝臓や卵もお出ししていますね」。

肉類、エンペラを水で炊く

下ごしらえが終わると水炊き作りが始まる。「鍋に地下水とぶつ切りにした身やエンガワを入れて炊いていくと、水は白濁し、沸騰するとびっくりするくらいアクが出ます。

大量のアクが出るので取り除く

水から炊かないとアクがうまく取れないように思います。一度沸騰してアクをとってから、約20分炊きますが、その間もアクを取り続けます。網目の大きさが違う3つのアク取りを使うんですよ。初めは目の粗いものからですね。美味しいスープを作るには、アクをきれいに取ることが絶対必要なんです。

別鍋で甲羅を炊いて作ったスープを注ぎ、さらに炊く。アクは取り続ける

そして、アクを取りながら、ゼラチン質が鍋底にくっつかないように混ぜることも必要ですね。炊く時間が20分というのが絶妙な時間なんです(笑)。すっぽんは火がとおりにくいので、ある程度炊かないといけないのですが、20分以上炊くと骨離れはよくなるけど、旨味がすべてスープに出てしまい肉自体が美味しくなくなってしまうんです」。

アクを取り続けながら20分ほど炊くとスープは透明になりできあがり

アクを取り、炊いていると水の量は減る。そこに時折追加されるのが別鍋に入っているスープだ。
「こちらは甲羅を1時間以上炊いて作った濃厚なすっぽんのスープです。これを作るのもやはりアク取りが大変ですね」。

アクで白濁していたスープは、いい香りとともに徐々に透明になっていく。
「美味しそうになったでしょう?(笑)。昔のすっぽん鍋はアクも取らず、先ほどお見せした皮もはいでいなかったので臭かったのかもしれません。匂い消しのためにショウガなどいろいろなものを入れていたようですし。うちに来て食べてくださった方で『なんであんたんとこのすっぽんは、においがせんのやろうか?』と言われる方もいらっしゃいますよ。1人前作るのと5人前作るのでは肉の量も鍋の大きさも違うのでスープの濃厚さが違います。一度にたくさん作ったほうが濃くなりますね」。

厨房の壁には、“鍋に肝、ヒレは入ってますか?」という文字が書かれた紙が貼ってあった。
「ヒレは甲羅の縁のエンペラのことです。肝もヒレも入れておくとスープがいい味になるんです。コースではなくて『すっぽん鍋』だけでも、すっぽんのすべての部位が食べられるようにという想いもありますね。試しにスープだけ飲んでみてください。魚介のスープのようでしょう?」。

すっぽんのスープと知らなければ、香りも味わいも鯛の潮汁と思うかもしれない。

すっぽんのすべてを堪能できる『すっぽん料理フルコース』をいただいた。初めは活血から。リンゴジュースで割っているので飲みやすい。内蔵の塩辛や肝味噌は焼酎のすすむ珍味だ。肉の刺身はコリコリ、肝臓の刺身はツルッとしてコリッ、卵はプチッという食感の後、甘味さえも感じる濃厚な味わいだ。そして、メインの『すっぽん鍋』。添えられているポン酢も特製の“すっぽんポン酢”だ。

すっぽん出汁入り自家製ポン酢を鍋のスープでうすめて具材をいただく

「関西などのすっぽん鍋はスープ自体に味をつけて食べますが、九州はポン酢文化。うちでもポン酢をおつけしています。すっぽんの出汁と醤油などで作った特製のポン酢ですよ!! 濃い味なので器に入れて鍋のスープで薄めてからまず肉やエンペラを召し上がってください。たくさんスープを召し上がってくださいね。うちはスープのおかわりは無料なんです。常連さんは何度もおかわりされますね」。

滋味あふれるスープとポン酢の酸味が、肉の旨味とコラーゲンたっぷりでプルプルのエンペラの旨味を引き立てる。ゆず胡椒を少し加えても旨い。肝も肉類も食べ終わったら、鍋に野菜を入れていただく。最後は野菜の旨味も溶け出したスープで作った雑炊をいただき、鍋は空っぽになる。身体はポカポカだ。
「温まるでしょう?すっぽんを食べると血のめぐりがよくなりますからね。飲んだのは活血とスープだけで、お酒は飲んでないのに真っ赤になる方もいらっしゃいますね(笑)」。

〆のデザートは『すっぽんゼリー』。すっぽんのエキスにレモンなどの果汁を加えたもので、こちらも言われなければすっぽんが入っているとはわからない美味しい味。塚崎さんは、すっぽん料理を作られているかたわら、すっぽんを加工した健康食品なども作られている。ゼリーもその一つだ。
「すっぽんは全体にコラーゲンがあるし、アミノ酸成分が多いし、身体にとてもいい食品ですね。コラーゲンが豊富な食材ということですっぽんは良く知られるようになり、サプリメントを飲まれている方は多いかもしれません。けれど、サプリメントは飲んでいてもすっぽんを食べたことがない方もたくさんいらっしゃいますよね。私たちも原点に帰ってすっぽんそのものを食べてもらえるようにがんばりたいと思っています。すっぽんゼリーはすっぽんに親しむきっかけとなればいいなと思っています。そして、最終的にみなさんがこの安心院に来て本物のすっぽんを食べてくださるとうれしいです。

店の裏にはすっぽんを供養するための塔がある。毎年7月20日に供養されるとのこと

すっぽんを通して安心院の良さが多くの方に伝わるといいですね。最近、『安心院の名物はアフリカンサファリとすっぽん!!』と言ってくれる安心院の子どもたちもいて、とてもうれしいことです(笑)」

この料理人こだわりの「味のキーワード」

下ごしらえ

真水に入れて泥をはかせ、首を落として血を抜いた後、湯通しして表面の薄い皮をむく。足先まで丁寧にむく

炊き方

鍋に身と水を入れて炊き、アクを取り除く。途中、甲羅からとったスープを継ぎ足しながら炊く。目の細かさが違う3つのアク取りを使う

味付け・食べ方

すっぽんのスープ入りポン酢に鍋のスープを入れて肉類を食べ、その後で野菜を食べる。〆は雑炊。スープのお替りは自由だ

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本家活宝 安心院亭 養殖から行なうすっぽん料理の専門店

自社で養殖する新鮮なすっぽんを使う。肉・肝臓・卵の刺身や肝臓の塩辛などの珍味まで食べられる。『すっぽんの水炊き』は、肉類を水で炊き、アクを取りつつ、甲羅からとった濃厚なスープを加えながらさらに炊く。スッポンスープと醤油などを合わせた特製ポン酢で、コラーゲン満点の肉類をいただき、さらに野菜も。雑炊の後はすっぽんエキス入りゼリーと、すっぽんをあますことなく満喫できる

水炊きをメインに、活血、唐揚げなどが付く『すっぽん料理フルコース』8,190円(1人前でも可)。※写真は2人前に肉を追加したもの
(左から)すっぽんの活血、すっぽんのエンペラが入った酢の物、すっぽんの塩辛と肝味噌
すっぽんの刺身。肉、肝臓、卵が食べられる
すっぽんの唐揚げ。外はカリッ、中はジューシーだ
落ち着いた佇まいの食事処だ
個室では庭園を見ながら食事を楽しめる

本家活宝 安心院亭

住所 宇佐市安心院町新原59-4
電話 0978-44-2118
営業 11:00〜17:00
※17:00以降は要予約
定休日 不定
個室6部屋と大広間
カード 不可
駐車場 あり
URL http://www.ajimutei.com/
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