エビのすり身がベース。そこに魚のすり身、タマネギ、つなぎにヤマイモや卵などを入れる場合もある。パンは薄めのものを使う
エビを粗みじん切りにしたり、エビのすり身と、ざく切りを合わせたり、さらに魚のすり身を加えたりと、すり身の作り方は様々だ
エビのすり身をパンに挟んだ後、蒸してから揚げる。蒸し方や揚げ方により食感にも作り手の個性が生まれる
創業文化10年(1813年)。2013年で200周年を迎え、長崎で一番長い歴史を持つ料亭が『一力』。建物的には5階建てなのだが、坂道に沿って建っているので不思議な造りだ。
「今の建物は大正時代に建てられたものですが、それでも100年は経っていますね。幕末は情報交換の場でもあり、長州藩の方々がよく来ていたと聞いています」。
迎えてくださったのは7代目女将・山本きよみさんだ。
「うちにいらっしゃる方は、地元の方と観光の方が半々くらいですね。長崎の方は、法事、還暦のお祝い…ご家庭での集まり事に料亭を使ってくださるんです。長崎の方はにぎやかなのがお好きですからね。うちの大広間の天井が高いのは、披露の席がある時は、必ず龍踊りも行なわれるからなんですよ」。
そんな長崎の文化と密着しているのが『卓袱料理』であり、『ハトシ』だ。
「卓袱料理は朱塗りの円卓を囲んで数人でいただく料理です。円卓は大きなものではなく、直箸が届いたり、お酌できたりと、わきあいあいと食べられることが卓袱料理では大切なんです。料理はお鰭(お鰭(ひれ)はお祝いの時の吸い物で、法事の時は味噌仕立てになる)、挨拶、乾杯、小菜(冷たいオードブル)、揚げ物、角煮、大鉢という順に出されていきます。『ハトシ』や『あじさい揚げ』(アレンジして形が異なるハトシ)は、揚げ物のところで出されるお料理ですね。“ハ”はエビで、“トシ”はトーストのこと。ハトシに欠かせないパンは長崎ではじめて食べられたものと聞いたこともあります。ポルトガル人が街に住んでいたので、パンの味や作り方を伝えていたんですね。長崎は歴史にはっきりとは残ってないけど日本で初めてというのも多いんです。そして、長崎はいろいろなものが一緒になった“チャンポン文化”です。『卓袱料理』もオランダ、中国、ポルトガル、日本などの料理が融合してできあがったもの。『ハトシ』もポルトガル、中国、日本が融合しているとも言えますね。当時はパンも珍しいし揚げる料理も珍しかったことでしょう」。
石の流しがあったりと、歴史を感じさせてくれる厨房で、料理長・川下和幸さんに、『ハトシ』を作るところを見せていただいた。
材料はエビ、魚のすり身、卵白、山芋、ネギ。頭や殻、背わたなどを取ってきれいにしたエビと、魚のすり身をフードプロセッサーに入れてすりつぶし、そこに卵白、すりおろした山芋を入れて混ぜる。
それを、ぶつ切りにしたエビがはいったボウルに入れ、さらにネギを散らして混ぜる。
「エビはすり身にしたものとぶつ切りにしたものを使うということですね。ぶつ切りにしたものは食感がいいですからね」。
それをパンに挟み、揚げる前に蒸す。
「使うパンは厚さ7mmの特注品です。片方のパンにすり身を塗って、もう片方のパンでふたをするようにしてかぶせ、側面をきれいにならします。最後に切って6等分した時に、どこを切っても中身が入っているように端の方までしっかりと詰める感じですね。
そのまま蒸すと、パンがべちゃっとしてしまうので、ラップに包んで20分ほど蒸します。こうやって蒸しておくことで揚げる時間を短くすることができるんです。長く揚げて中にまで火を通そうとすると、表面が焦げてしまいますからね」。
蒸し終わったら、耳の部分を切り落としてから油で揚げる。
「耳の部分はまかないになります(笑)。衣などをつけるわけではなく、素揚げのような感じで、このまま揚げます。揚げるのは短時間、表面が色づいて、きつね色になったら油から取り出します。
パンを対角線で斜めに切って、4つの三角形を作り、そこにネタを挟んで揚げるという形の『ハトシ』もありますよ。あと、『あじさい揚げ』といって、ネタのまわりにサイコロのように切ったパンを付けて揚げる形のものもあります。あじさいは長崎の市花ですからね。うちで作る『あじさい揚げ』は、中身は『ハトシ』用のものではなく、グラタンにしています。どれもアツアツが一番美味しいですよ!」。
趣のある部屋で『ハトシ』をほお張る。カリッと揚がったパンに挟まれているのは、ふわふわのすり身。その中にあるエビのぶつ切りの、ころころ、プリプリとした食感も旨い。
再び、山本さんにお話をうかがう。
「『ハトシ』はエビの甘味を引き出している料理ですね。つまみにもなりますし、おやつにもなって、子どもさんも大好きです。ご家庭で作られる方も多いですね。文字にしたレシピがあるわけではなくて、料理人さんが手から手へ、技を伝えてきたものです。『ハトシ』には砂糖は入りませんが、長崎は砂糖文化がありますので、卓袱料理の中には今よりもずっと甘かったお料理もあったと思います。時代とともに味は変わっていきますが、“長崎の味”を伝承していかなければならないと思っております。それが私たちの使命ですね」。
エビ、魚のすり身、ネギに加えて、つなぎとなる卵白、山芋も使う。パンは厚さ7mmの特注品だ
エビと魚のすり身をすりつぶし、卵白、すりおろした山芋を入れて混ぜる。それに、ぶつ切りにしたエビとネギを合わせる
すり身をはさんだパンをラップに包んで約20分蒸して耳を落とす。その後、表面だけをさっと揚げ、端の部分は切り落とす
2013年に200周年を迎える長崎一の歴史を持つ老舗料亭。幕末には多くの志士たちも通ったという趣ある空間で、本格的な卓袱料理(その中の一品としてハトシも食べられる)や、卓袱料理のルーツとも言える『ターフル料理』などを楽しむことができる。お昼の限定メニュー『姫重しっぽく』(要予約)は、気軽に卓袱料理を味わえる人気メニューだ。
住所 | 長崎市諏訪町8-20 |
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電話 | 095-824-0226 |
営業 | 12:00〜14:00/17:00〜21:30 |
定休日 | 不定 |
席 | 一般客間、小部屋、大広間があり150名を収容(大広間は最大100名) |
カード | 可 |
駐車場 | あり |
URL | http://ichiriki.jp |