シイタケ、タケノコ、フキ、カマボコ、卵焼き、タイ、エビ、キビナゴ、木の芽などが使われる。春に旬を迎える食材が中心だ
“すし”とは言っても酢は使わず、ごはんと合わせるのは地酒。具材はそれぞれ別々に下味がつけられている
『酒ずし』用の桶に、ごはんと具材を交互に広げ、層を重ねる。地酒をたっぷりと注いでふたをし、おもしをして一晩ねかせる
昭和41年に開店した『正調さつま料理 熊襲亭』。屋号の前にある“正調さつま料理”とは、“鹿児島のすばらしい素材を使った鹿児島ならではの料理をコース仕立ての料理で伝えよう”と初代が考案されたものとのこと。
「さつま揚げ、きびなご、とんこつなど、鹿児島ならではの様々な料理は、各家庭で食べられていました。先代社長がそれらを一度に食べられるように懐石料理としてメニューにしてはどうかと発案したのです。『酒ずし』もその中に組み込んでいる大切な一品ですね」。
女将・黒川牧子さんに『酒ずし』についてお話をうかがった。
『酒ずし』の“酒”とは清酒ではなく、鹿児島ではよく知られる『地酒』のことで、『酒ずし』作りに欠かせないものだ。
「鹿児島は温暖なので、かつては普通の清酒を造ることはできず、『地酒』と呼ぶ灰持酒しか造れなかったのです。現在は、それだけを飲むことはあまりありませんが、昔は飲んでいたようですね。お年寄りの方に『お祝い事の時に飲んでいましたよ』というお話をうかがったこともあります。『酒ずし』の他にも、『とんこつ』や『さつま揚げ』作りにも使います。みりんとは違う美味しさが生まれますね」。
『酒ずし』作りにはかなりの量の地酒を使う。
「炊きあがったごはん一升に対して地酒を一升使うという割合です。地酒のアルコール度数は13度ぐらいですから、食べると身体がポカポカしてくるんです(笑)。もちろんのことですが、車を運転する方にはご遠慮いただいていますね」。
『酒ずし』の材料は、ごはん、地酒、そして9種類の具材だ。
「具材はタケノコ、ツワブキ、シイタケ、厚焼玉子、イカ、エビ、タイ、ミツバ、木の芽で、それぞれに下ごしらえしています。タケノコ・ツワブキはうす味に、シイタケは甘辛く濃いめの味付けに、厚焼玉子は甘めに、イカ・エビはお酒を入れてすこし炊くぐらい…具材はひとつずつ違う味付けにしています」。
『酒ずし』作りは、ごはん、地酒、あらかじめ準備しておいた具材を合わせることから始まる。
「まず、1升のごはんに5合の地酒を含ませて冷まします。『酒ずし』作り専用の琉球塗りの桶の底にこのごはんを敷き詰め、その上に具材、その上にごはんと交互に桶の中にのせていきます。一番上には、タイと木の芽をのせ、残りの5合の地酒をふりかけてふたをするのです。ふたの上からおもしをのせますが、初めから重いおもしだと、地酒があふれてしまいますので、3段階に徐々におもしをふやしていくんですよ。地酒とごはんと具材が馴染んでからおもしを増やしていくということです」。
そして、『酒ずし』作りに欠かせないもう一つのものが“時間”だ。
「最低でも7〜8時間はねかせます。時間をかけてごはんと具材に地酒をゆっくりと染み込ませ、発酵させることで味わい深くなるのです。熟成させることで、材料のそれぞれの持ち味も生きてきます。『酒ずし』には時間が必要ですね。だから、毎日、翌日の分を作っています。3日ほどねかせた『酒ずし』も美味しいですよ。私もそちらのほうが好きですね(笑)。初めて食べられる方には前日に仕込んだものをお出ししていますが、言っていただければ3日間熟成したものをご用意することもできます」。
『酒ずし』作りは毎日行なわれているので、『熊襲亭』では予約なしに『酒ずし』を食べることができる。
取材班は前日に仕込まれた『酒ずし』をいただいた。地酒によって醸された具材の旨味、その旨味と地酒が染み込んだしっとりとしたごはんは、芳醇な香りと味わいを持つ。
「見た目とは違う味わいで、食べてみないとわからない料理ですね。ちらし寿司にも見えますが、ちらし寿司をイメージして食べるとずい分違うものに感じられると思います。ごく稀に苦手な方もいらっしゃいますし、『うわー、きゃー』という声も聞きます(笑)。私も嫁いできた時には『この味は無理かな』と思いましたが、味覚が変わってきたようで、今は、明日が休みという日など食べたくなります(笑)。大人の味わいを持つ料理ですね」。
『熊襲亭』の『酒ずし』の味わいは、『酒ずし』が生まれたとされる江戸時代から変わらないものだ。
「各家庭で具材などにも違いがあると思いますが、『熊襲亭』の『酒ずし』は、島津の時代から長年受け継がれてきたものです。昔はどの家にも『酒ずし』用の桶があったようです。しかし、(太平洋)戦争の際にほとんどが焼けてしまったようで、作り方もとぎれてしまったのかもしれません。私たちは、大切な郷土料理として守っていきたいと思っています。
『地酒の量を減らしてより食べやすくしては?』という言葉をいただくこともありますが、伝統的な味わいを守り伝えていきたいですね。そして、少しでも多くの方に食べていただければと思っています。食べていただかないと、私たちが味わいを守る意味も作る意味もありませんから。『酒ずし』は具材の下ごしらえから始まり、とても手間のかかる料理です。ごはんを薪釜で炊いていた昔は1日をかけてゆっくりと作ったことでしょう。そんなゆっくりとした時間の使い方で“料理を愛でる”こと、“食べるのは楽しい”ことを子どもたちにも伝えていきたいですね。『酒ずし』は子どもにはだめですが(笑)」。
『熊襲亭』には多くの板前さんもいるが、『酒ずし』は黒川さんと娘さんの真理さんを中心に女性だけで作っているそうだ。
「薩摩藩は女性の立場が弱い傾向でしたが、女性でもお花見の時ぐらいお酒を飲みたい。でもおおっぴらに器で飲むわけにはいかない…そんな中から女性が『酒ずし』を考えだしたという説もあるんですよ。だから、地酒をたくさん入れるのかもしれません(笑)。桜の季節はタケノコが美味しい時期でもありますし、木の芽もいい香りがする時期ですね」。
そして、女性の手で作られている理由はもう一つあるようだ。
「母からは『酒ずし』は、子どもを育てるように愛情をこめて作りなさい』とよく言われていましたね」。
“作る”だけではない“育てる”という気持ちが『熊襲亭』の『酒ずし』には欠かせないものなのかもしれない。
タケノコ、ツワブキ、シイタケ、厚焼玉子、イカ、エビ、タイ、ミツバ、木の芽。それぞれに下ごしらえされている
地酒をごはん一升に対して一升使う。ごはん、下ごしらえされた具材、地酒の味わいが重なり合い、『酒ずし』の旨味が生まれる
地酒をまぶしたごはんと具材を交互に桶の中に敷き詰め、さらに地酒を注いでふたをし、徐々におもしを増やす。7〜8時間ねかせる
昭和41年の創業以来、変わらない作り方で、とんこつ、きびなご、さつま揚げといった薩摩の素朴な味を伝え続けている。炊きあがったごはん一升に対して使う地酒は一升という『酒ずし』は江戸時代から続く作り方。9種類の具材をそれぞれ下ごしらえし、地酒とごはんの合わせ方や重石のかけ方、ねかせ方まで変えていない。
住所 | 鹿児島県鹿児島市東千石町6-10 |
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電話 | 099-222-6356 |
営業 | 11:00〜OS14:00/17:00〜OS21:30 |
定休日 | なし |
席 | 300席 |
カード | 可 |
駐車場 | あり |
URL | http://www.kumasotei.com/pc/ |