イラブーの燻製をよく洗った後、下ゆでしてアクを取り除く。燻製のやり方によって、洗い方を変える必要があるようだ
下ゆでしたイラブーの燻製を適当な大きさに切り、じっくりと煮込む。カツオ出汁や豚出汁を加え、テビチ(豚足)や昆布を添える
イラブーの燻製から出るスープに、カツオ出汁、昆布出汁、豚出汁なども加えるため、塩だけで味付けされることが多い
目の前に馬天港(ばてんこう)があり、海風が吹く静かな場所にある『浜珍丁』。
「20歳から魚屋と海産物関係の仕事をしていたのですが、沖縄の魚介の美味しさやすばらしさを伝えたくて料理店を開店したのです。地産地消を目指し、地元の魚介を使っているので鮮度が抜群です。だれかに料理を食べさせるのが大好きで、『美味しい魚介をたくさんの方に食べさせたい!』という想いで、嘘をつかない商売をやってきました。推定35年になりますね(笑)」。
メニューには『バター焼き』、『塩焼き』といった魚料理、『アバサー汁(ハリセンボン汁)』、『イカ汁』など沖縄ならではの汁物が並ぶ。「どれもボリュームがありますから、大人数で来て、みんなでシェアすると楽しいと思いますよ。獲れたての魚の刺身も人気です。魚を食べたかったら『浜珍丁』へ(笑)」。
さて、こちらの看板メニューである『イラブー汁』だが、普通の『イラブー汁』とは異なる。メニューには『生イラブー汁』と書かれているのだ。
「通常の『イラブー汁』は燻製を使うのですが、私は生のイラブーからつくっているんですよ。私も初めは燻製を使っていたのですが、ある時、海人(うみんちゅ/漁師のこと)が生のイラブーを使った『イラブー汁』を作ってもってきたのです。それはとても生臭くて私は食べきれませんでした(笑)。でも、おもしろいなと思いまして、匂いの原因はどこにあり、どうしたら消せるのだろうか、どうしたら美味しくできるのだろうかと研究してみたんです」。
作り方を詳しく教えていただいた。まずは漁師さんから届いたイラブーの下ごしらえだ。
「生きたイラブーがネットに入った状態で届くのですが、それを海水の中にいれておきます。1週間ほど経ったら洗って沸騰したお湯に入れ、皮というか薄いウロコを手で剥いでいきます。死んでしまっているとウロコは取れないんですよ。手袋はしていますが、触るのは気持ち悪いです(笑)。外側は火が通っていますが、内側はまだ生な状態。それを冷凍しておきます。冷凍しても血はかたまらないようですね」。
本格的な『生イラブー汁』づくりは、冷凍しておいたイラブーを下ゆですることから始まる。
「沸騰する手前の状態で、じっくりとゆで、血や内臓をかためていきます。下ごしらえでウロコを取る時に、包丁やウロコ取りを使うと、すぐに傷がついてしまいます。するとゆでている時に崩れ、かたまる前の血が出て、スープが濁ってしまうんですよ」。
下ゆでが終わると、その湯は捨て、新しい湯で煮込みを始める。
「コトコトと煮込んでいくと、やがてイラブーが膨張してきます。そうしたら金串を刺して脂を出します。脂は初めは透明、やがて黄色っぽくなっていきます。この脂にはイラブーのエキスがつまっているんです。これだけを集めて売っていたりもしますね。それから、金串で内臓まで刺してしまうと内臓がスープに溶け出してきて、スープがダメになってしまうので細かな仕事です。『イラブー汁』はイラブーのエキスが溶け出したスープが一番大事な料理ですからね。脂が出なくなったら、一度身を取り出して、腸を引き抜きます。その腸が、海人が持ってきた『イラブー汁』の臭みの元だったのだと思います。ゆでる時間はイラブーの太さで変わりますが、大体3時間くらい。片手間にはできないので、夜一人で静かにやっているんですよ(笑)」。
濃厚なイラブーの味を生かすため、味付けはいたってシンプルだ。
「カツオ出汁と豚出汁を加え、味付けは島マース(沖縄産の塩)を少し入れるだけです。出汁ってすごいですよね。出汁がちゃんとしていれば調味料はほとんど要らないんです。トッピングに昆布とテビチ(豚足)を添えてやっとできあがりですね」。
「ここまで手間をかけるのは料理人としての誇り。作り方に秘密はないですが、でも、だれも真似しないでしょうね(笑)」。
できあがった『生イラブー汁』を口に含むと滋味深い味わいが口の中に広がる。
「生イラブーでやると味、香りが違うように思います。『生イラブー汁は美味しい』とみなさんに言われ続けています(笑)。宮廷料理だった『イラブー汁』は滋養強壮に効果があると言われていますが、生イラブーだとより効き目がありそうですよ。お客さんからの『これを食べて元気になった』という言葉は私にとってなによりのごほうびですね。私も毎日飲んでいます。120歳まで生きる予定ですよ(笑)」。
店名の由来については「本当は『浜沈丁』(マングローブの一種)にしたかったのですが、店名に『沈』という字は縁起が悪いので『はまちんちょう』にしようと思ったのです。でも、看板の長さが足りないということで、看板屋さんが勝手に『浜珍丁』と書いてしまいました(笑)」。とのこと。嶺井さんの人柄にも魅かれ、遠方からも多くの方が訪れている。
漁師から仕入れた生きたイラブーを1週間ほど海水に入れておく。水洗いし、熱湯に入れて表面の薄いウロコをとって下ゆでする
冷凍しておいたイラブーを下ゆでした後で煮込みスープをとる。カツオ出汁と豚出汁を加え、島マースで味付けし、昆布とテビチを加える
イラブーから出る濃厚なスープにカツオ出汁と豚出汁を加えるので、味付けに使う調味料は島マース(沖縄産の塩)少々だけ
メニューに並ぶのは、地産地消を目指す店主が地元の新鮮な魚介でつくる料理の数々。『バター焼き』、『塩焼き』といった魚料理をはじめ、『アバサー汁(ハリセンボン汁)』、『イカ汁』など沖縄ならではの汁物を食べられる。漁師から届く生きたイラブーから作る『生イラブー汁』はカツオ出汁と豚出汁を合わせ、塩少々だけで味付けした滋味深い味わいだ。