大根、牛スジ、玉子、コンニャクなどに加えて、『おやし』、『ナンコツ』、『キャベツ』といった都城ならではのおでんダネがある
カツオ出汁、コンブ出汁をベースにしたものや、鶏ガラスープを加えたものなど様々。継ぎ足し続けたツユが使われている店が多い
すべてのおでんダネを同じように煮込むわけではなく、下ごしらえをしたり、煮込む時間を変えたりと細やかに料理されている
カウンターと一体化した大きな四角い鍋は幾つもの枠で仕切られている。区切りごとに入れられているおでんダネは決まっているようだ。
「元となるツユは同じなんですが、枠ごとにすべて味の濃さが違うんですよ。例えば、大根は薄めのツユで4日間かけてじっくりと味を染み込ませていきます。牛スジは、脂分が多く出るので他とまざらないようにしています」。
味見させていただくと、さっぱりしたもの、塩分がやや多いもの、脂分が多いものなど確かにどれも味が異なる。すべてのおでんダネが同じツユの中にあるわけではないのだ。
「おでんは出汁を食べる料理ではないですから、それだけを飲むと少し塩辛く感じられるかもしれません。でもおでんにするといい感じになるんですよ」。
昭和29年創業の『雨風』。現在は3代目の野村英樹さんがカウンターの中に立ち、おでんを見守っている。年季の入ったカウンター。鍋の周囲は特に色がはげている。
「鍋のまわりに座られる方が多いですしね。カウンターが一番特等席ですよ(笑)」。
カウンターに座って観察すると、鍋の中には定番のおでんダネ以外に、あまり見慣れないものも入っている。
「おでんダネは常時25種類くらいありますよ。どんこ(シイタケ)はいい出汁も出ますね。宮崎ではよく知られている魚であるメヒカリのつみれなんかもあります。大豆のもやしをかんぴょうで結んでいる豆もやしは都城ならではですね。おやしとも言います。あと、1つのおでんダネが大きいのも都城の特徴ですね。うちのおでんの種類は、大きく分けると、スタンダードなもの、変わりダネ、季節物ですね。都城のおでんには豚のナンコツがある場合も多いのですが、うちではおでんではなくて、別の鍋で特製の味噌ダレで煮込んでいます。それから、牛スジは和牛のアキレスと宮崎牛のすね肉がついたもので、これもうちならではのちょっと珍しいものですね」。
幾種類かをいただいたが、どれもいい具合にツユの味が染みつつ、素材の味も大切にされているのがわかる。表面の色が濃いものもあるが、色から想像する味とはちがってあっさり。いくつでも食べることができそうだ。
「私はおでんに繊細さを出したいと思っているんです。おでんは鍋料理でもなく煮込み料理でもありません。ぐつぐつ沸騰させると美味しくなくなってしまいます。煮込むのではなく、時間をかけてゆっくりと味を染み込ませるという感覚ですね。素材がツユの味を含んで、素材からも旨味がツユに出て…素材の旨味をツユに戻したいですね。そして、一番美味しい時にお客さんに食べていただけるように考えています」。
さて、ベースとなるツユはどのように作られているのだろうか?
「ツユは、コンブ出汁とカツオ出汁と塩だけで作ります。南九州・枕崎のカツオブシを使いますね。鍋の中に入っているツユの味を確かめながら、新しいツユを継ぎ足していくのです。創業は私のばあちゃんなのですが、ばあちゃん、両親、そして私に続いているツユですね。その歴史があればこその『雨風』の味なんです」。
このツユを守るために欠かさずにやらなければならないことがあるのだそう。
「その日最後におでんダネを全て出して、ツユにコブ出汁をいれて薄めます。雑味とエグ味を取って沸騰させます。冬場は1日2回、夏場は3回。ツユの管理はなかなか面倒ですね(笑)」
「ホウレンソウのおでんも美味しいですよ」。
と出してくださったのは、ツユのなかに入れてほどよく火を入れたホウレンソウ。温かく上品なおひたしという感じだ。こちらも都城ではよくあるおでんダネなのだという。さらに、野村さんはもっとおもしろいものも作っている。
「特製洋風ロールキャベツの中には手作りミートソースが入っています。宮崎地頭鶏粗引きつくねは、鶏軟骨とクリームチーズ入りです。外側から見てもわかりませんが、あけてみたらびっくりですよね(笑)。口に運べば食感も違っておもしろいですよ。年配の方にもかわいがっていただけるように基本の味はしっかりとやりつつ、若い方に向けて新しいものもやってます」。
さて、なぜお店は『雨風』という名前なのだろう?英樹さんのお父様・野村篤さんがお話してくださった。
「私のおふくろが店を始める時、知合いだった市役所の方がたくさんの屋号を考えてくださったんだそうです。その中に『雨風』という言葉もあって、耳ざわりもいいし、いいなあと思ってつけたと言っとりました。その頃にあったおでん屋さんは、『ジャングル』さんとうちくらいだったそうですが、それから都城ではおでんを出す店が増えました。みんなおでん好きなのかな?(笑)」。
英樹さんは店名についてこんな話をしてくださった。
「上方落語で“雨風”はお酒も甘い物も好きな人のことらしいんですよ。うちにも、おでん、一品料理、デザートと色々な料理があるし、この名前は合うなあと思いましたよ(笑)」。
お話がおもしろく終わったところで、味の〆は、おでんのツユを使ったおでん雑炊。幾つもの具材の旨味と長い歴史から生まれたツユの味が、おでんそのものとは違う形で際立っていた。
常時25種類ほどがある。大根などの定番、都城ならではの豆もやしなどに加えて、特製洋風ロールキャベツといった珍しいものもある
ベースはコンブ出汁とカツオ出汁と塩だけで作り、新しいツユを継ぎ足しながら今に至る。親子3代で大切に引き継いできた味だ。
メインとなる大鍋には幾つもの仕切りがあり、おでんダネごとに異なる味わいのツユの中に入れられている。繊細な味を生むためだ
カウンターと一体化しているメインの四角い鍋は幾つもの仕切りで区切られている。おでんダネは分けて入れられており、ツユも仕切りごとに違う味わいだ。ツユのベースは、コンブ出汁とカツオ出汁と塩だけ。昭和29年の創業以来、継ぎ足されながら今に至ることによって上品で深い味わいが生まれる。ナンコツは、おでんではなく特製味噌ダレで煮込んだ濃厚な味。