シイタケ、タケノコ、フキ、カマボコ、卵焼き、タイ、エビ、キビナゴ、木の芽などが使われる。春に旬を迎える食材が中心だ
“すし”とは言っても酢は使わず、ごはんと合わせるのは地酒。具材はそれぞれ別々に下味がつけられている
『酒ずし』用の桶に、ごはんと具材を交互に広げ、層を重ねる。地酒をたっぷりと注いでふたをし、おもしをして一晩ねかせる
鹿児島一の繁華街・天文館で創業したのは1950年。現在の店主は三代目となる吉谷さやかさんだ。
「私の祖父が今の場所からすぐ近くでお店を始めた時は、“おでんとおにぎり”のお店でした。1985年に移転して薩摩の郷土料理をメニューに加えたんですよ」。
メニューには『きびなごの刺身』、『さつま揚げ』、『とんこつ』とともに、『酒ずし』の文字もある。そこには、いつでも食べられる他のメニューとは違い、『※1日前までの予約制です』と添えられている。
「『酒ずし』は前日から仕込んでおかないといけない料理ですね」。
手間と時間が注がれた『酒ずし』の作り方をうかがった。
「『酒ずし』用のごはんは旨味が増すように昆布を入れて炊きます。具材は、タケノコ、ニンジン、カマボコ、干し桜島大根を水で戻したもの、こが焼き、キビナゴ、エビ…具沢山ですね(笑)。それぞれに軽く火を通したり、薄く下味をつけて適当な大きさに切ったり、キビナゴを手で開いたりと別々に下ごしらえしておかなければなりません」。
こが焼きとは、卵に豆腐などを加えて焼いた独特の卵焼き。鹿児島では祝いの席などによく食べられている料理だ。
ごはんと具材の準備ができたところで、『酒ずし』作り専用の桶にごはんと具材を重ねていく。
「この桶は3人前用のものです。祖父が買ったものですが、今は修理するのも大変で貴重な物になっていますね」。
「桶の下にごはんを広げ、その上にカマボコなどをのせます。さらにごはんを広げて、その上にはタケノコや大根をのせます。さらにごはんを広げ、一番上にのせるのはエビ、タイ、キビナゴ、木の芽(山椒の若葉)、ニンジンなど。そして、そこに地酒をひたひたになるまで注いでふたをします。厨房が地酒の香りに包まれますね(笑)。しばらく時間をおいて、ごはんに地酒が染み込んだら更に地酒を追加してふたをします。それを何度が繰り返した後、半日ねかせておくんです」。
昨日仕込まれた『酒ずし』をいただいた。ふたを開けると華やかな香りと、美しい彩りにまず驚く。地酒の風味が加わった具材も、しっとりとしたごはんも他にない味わいだ。
「祖父のレシピを基本に作っています。召し上がったことのない方に尋ねられた時は、『不思議な味がして酔いますよ』とお伝えしていますね(笑)。地元のお客様と観光でいらっしゃったお客様が半々ですが、地元の方も好きな方はよく食べられます。特にお酒好きの方は、さらに地酒をふりかけてから食べられたりもしますね。私もお酒が好きなので、地酒をひたひたにして食べます(笑)」。
『酒ずし』は予約さえしておけばいつでも食べることができるが、その始まりは春だったと言われている料理だけに、春になると注文が多くなるのだそうだ。
「うちで使っているタケノコは、マダケと呼んでいる宮之城(みやのじょう/薩摩郡さつま町)産のものです。旬を迎えた春には、その時ならではの食感を楽しめますね」。
カウンターの内側の鍋からいい香りを漂わせるおでん、鹿児島の郷土料理などを味わった後、締めに『酒ずし』を食べられる方も多いとのこと。
「締めなのに、最後までお酒みたいなものですね(笑)」。
とは言っても、左党(酒好きな人)だけのお客さんの層は幅広い。若い世代や家族連れ、女性一人でも楽しめるお店だ。
他の席に運ばれた『酒ずし』のいい香りに誘われて食べたくなっても、すぐに食べることはできないので必ず予約をしてください。
※1人前でも準備していただける
タケノコ、カマボコ、こが焼き、干し桜島大根、キビナゴ、エビ、タイ、木の芽などを使う ※写真は具材の一部
地酒(写真左)に加えて、風味が増すように昆布(写真右)を入れてごはんを炊いている。具材それぞれにも下味がつけられている
桶にごはんと具材を交互に広げた後、地酒をひたひたに注いでふたをする。何度か地酒を追加して、一晩ねかせる
おでんとおにぎりの店として1950年に創業。1985年からきびなごやさつま揚げなど“薩摩の家庭料理”も提供するようになり、広い世代から愛され続けている。『酒ずし(※前日までに要予約)』は前日から仕込んでいる一品。表面にキビナゴ、エビなどの魚介がのった華やかな彩りを楽しんだ後、地酒の旨味がしみこんだ味わいを堪能したい。