作り手が追い求める味わいを出すために吟味した大豆を、気候・気温・湿度などを考慮しながら水に浸しておく
かつて沖縄ではにがりの代わりに海水で豆腐を固めていた。そのなごりで、現在はにがりとともに塩を加え、塩味をつけている
水を含みやわらかくなった大豆をすりつぶし、豆乳とおからに分ける生絞りをする。豆乳に熱を加え、にがりと塩を入れ凝固させる
まだ薄暗い午前5時、『長堂豆腐店』の豆腐づくりが始まる。工房内にはラジオからの沖縄民謡が流れる。
「このあたり(那覇市繁多川地域)は、昔は“豆腐の里”と呼ばれていて、50軒以上の豆腐屋があったんですよ。川もあり5つの井戸も湧水もあって水が豊富でしたからね。ここから近い高台の首里城でも水が湧きます。けれど、今残っている豆腐店は私を含め3軒だけになってしまいました」。
大正15年創業という歴史を持つ『長堂豆腐店』の3代目店主・長堂茂(ながどうしげる)さん。現在一人で昔ながらの手作りによる『ゆし豆腐』と『島豆腐』づくりを続けている。
実は豆腐づくりは前日から始まっている。大豆を水に浸しておかなければならないからだ。
「浸しておく時間は、夏はおおよそ7時間、冬は14時間くらいですが、特に湿度が高いと短くしなければなりません。天気、気温、湿度に影響されますから、毎日天気予報を見ることが欠かせませんね(笑)。今は安全な輸入大豆を使っていますが、昔は沖縄在来種の『青豆(オーヒグー)』という大豆を使っていたんですよ」。
ほどよく水分を含んだ大豆を機械ですりつぶし、漉して豆乳とオカラに分ける。
「機械がない頃は石臼を使って人力でやっていました。作業場に置いている石臼は40年ぐらい前からあるものです。今は『島豆腐』を作る時の重しになってますが(笑)。機械は使っていますが、火を加える前に豆乳とオカラを分けるという生絞りは創業以来変わらないやり方。大豆の風味がより強く感じられると言われています。生のオカラは畜産に使われていて牛やヤギが食べているようですね」。
豆乳はレンガ造りのかまどに置かれた地釜と呼ばれる大きな鍋に移される。
「かまどは45年、鍋は25年ほど使っています(笑)。前は薪を使っていましたが今はガスなので少し楽になりました。今日は鍋の半分くらいの豆乳なので弱火で40〜50分ほど煮ます。満杯の時は2時間くらいかかりますね。火にかけている時は混ぜずにそのままにしておきます。沸騰したら、吹き出てくるアクを丹念に取り除きます」。
「煮る時に鍋底を少し焦がすと独特の風味が出るのですが、うちは焦がさないようにしていますね」。
頃合いをみて、鍋に塩とにがりを混ぜた水を加えてしばらく待つ。
「前日から大豆を水に浸しておきますが、大豆の熟成によって浸しておいた水の色が異なります。その水の色からわかる大豆の熟成度によってにがりの量を調整しているんですよ。沖縄の水は硬質ですが、豆腐づくりに関しては、にがりの量で調整することができます。昔は糸満でつくられた塩とにがりを馬車で売りに来ていましたね。昔はにがりの代わりに海水で作っていたなごりで、今も塩を入れて塩味をつけているのです」。
しばらく経つと鍋の中で豆腐と液体の分離が始まる。分離が始まると火を消す。
「この液体は『クンスー』と呼ばれています。顔を洗ったり、食器を洗ったりする時にも使えます。豚肉を炊く時に使うと、肉がやわらかくなるんですよ」。
分離は鍋の外側からはじまり、鍋底に固まった豆腐がたまっていく。
しばらくは豆腐にはふれずに、表面のアクを取る作業を続けていく。ある程度固まってきたら、ざるをのせ、ざるの中のクンスーを汲み取る。それを何度も繰り返す。
「一度に力をかけて漉すわけではなくて、少しずつクンスーを汲み取っていくのです。『ゆし豆腐』はこの方法じゃないとだめなんです。細かな仕事だし、手が離せません。豆腐づくりをする人は親の死に目に会えないとも言われていたんですよ」。
手でさわって豆腐の固まり具合を確かめながら仕事をすすめる長堂さんの表情は、お話をしている時の柔和な表情とはまったく違うものだ。
「レンガ造りのかまどと地釜は保温性が高いことも、私の豆腐の味わいに影響していると思います」。
釜の中でできあがった『ゆし豆腐』はビニール袋に詰められる。
出来たてを特別に食べさせていただいた。
「『ゆし豆腐』はそのままが美味しいですよ。あと、ネギやショウガなど薬味を少し入れてもいいですね。コーレーグースやキムチも合います。ジューシー(沖縄風炊き込みごはん)との相性がいいので、『ゆし豆腐セット』といったメニューには、たいていジューシーがついていますね。『ゆし豆腐』にお茶漬けの素を入れて食べると美味しいと友人が言ってましたね(笑)。沖縄そばの上に『ゆし豆腐』をのせて食べたりもしますが、その時は固めの『ゆし豆腐』がいいみたいです。一度冷えてしまった『ゆし豆腐』を温め直して食べる時は弱火で温めることが大事です。強火でやると固くなってしまうんですよ」。
『ゆし豆腐』づくりが終わったら、『島豆腐』づくりが始まる。現在は、にがりの量を変えるなどして『ゆし豆腐』と『島豆腐』が別々につくられることも多いが、にがりの量を変えずに2つをつくるのが昔から伝わる製法だ。年季の入った木箱にさらしを敷き、釜の中の豆腐を入れる。
重しをして水分を取り除いていく。
「木箱は私の父の手作りです。箱に入れて重しをする前にかきまわすことで豆腐の固さを調整できます。熱いうちに重しをしないといい『島豆腐』ができないんですよ。重しは石臼です(笑)」。
その後、ただ待つだけではなく、時折重しを外して木箱の中の豆腐をさわったりと仕事は続く。
「重しをかけてほったらかすわけではないのです。全体をもんだりして均一な固さになるようにしています」。
「ほっておくと下よりも上のほうが固くなってしまうんですよ」。
卸し先の希望によっては、固さを調節されているとのことだ。
「一度にたくさん料理をするようなお店は、より固めのものを注文されます。『豆腐よう(島豆腐を紅麹や泡盛などによって発酵・熟成させた沖縄の郷土料理)』に使う豆腐も固めを好まれますね」。
できあがった『ゆし豆腐』と『島豆腐』は熱いまま売られているようだ。
「水にさらして冷やしたりしない、アチコーコー(熱々)豆腐です(笑)。出来たてのアチコーコーが美味しいからね。なかなか冷めないので、できあがってから2時間くらいは熱いですよ。お客さんも熱い豆腐を求めてます。みんな、触って熱さを確認してから買うからね(笑)。すぐ近くの『金城さしみ店』と『知念商店』で売っています。『金城さしみ店』は元々は精肉鮮魚店だったけど、お客さんが頼むから、野菜も雑貨もなんでも置くようになりました。私の豆腐もあるんですよ(笑)」。
そのまま食べたり、味噌汁に入れたり、チャンプルー料理に使ったりと、沖縄の食卓に豆腐は欠かせない。
「沖縄の人は豆腐をたくさん食べますね。なにかの行事には厚揚げを必ず食べます。前の日に『島豆腐』を買っておいて、家で揚げることも多いのです。それから、食べるだけではなくて、紅型(びんがた/沖縄を代表する染色技法)には、模様づくりの下敷きとして島豆腐を薄く伸ばし乾燥させたものが使われていますね。私は、豆腐のつくり方を尋ねられれば、どなたにでも教えています。沖縄の文化に根付いている豆腐を残したいと思っていますから」。
海人をウミンチュ、島人をシマンチュと読むことは広く知られているが、豆腐づくりをする人には『豆腐人』〜トーフサー〜という呼び方があるとのこと。“サー”には“つくる人”という意味合いがあるのだそうだ。今日の豆腐づくりを終えた豆腐人・長堂さんは、すぐに明日の準備にとりかかる…。
安全な輸入大豆を使用。天気、気温、湿度などを考慮しながら、水に浸す時間を調整している
熱くなった豆乳ににがりと塩を混ぜた水を加える。原料となる大豆の熟成度によって、にがりの量を調節している
水に浸した大豆を生搾りして漉した豆乳を、レンガ造りのかまどに置いた地釜に入れて煮る。にがりと塩を入れ、時間をかけてかためる
水に浸しておいた大豆をすりつぶし、豆乳とおからに分けるという生搾り、保温性が高いレンガ造りのかまどと地釜、時間をかけての豆腐の固め方など、創業以来変わらない製法で『ゆし豆腐』と『島豆腐』を手作りしている。出来たてを袋詰めし、冷ますことなく熱々のままで販売。近隣の『金城さしみ店』と『知念商店』で買い求めることができる。