九州の味とともに 秋

この料理の"味のキーワード"

鶏肉

九州の雄大な自然の中、各地で元気な鶏が飼育されている。九州産の鶏肉を使う店が多い。飼育期間も細かく決めているようだ

スープ

アクや余分な脂を丹念に取り除きながらスープは作られる。炊き方や炊く時間がスープの色と味わいを決める

ポン酢

さっぱりした酸味を持つポン酢は、水炊きになくてはならないもの。柑橘類とその産地、醤油などに各店の味わいの秘密がある

語り 元祖博多水たき 水月 林田三郎の「水炊き」

林田三郎さん

今では博多を代表する郷土料理として知られる『水炊き』の歴史は、『元祖博多水たき 水月』の歴史でもある。長崎生まれの初代・林田平三郎氏は明治30年に香港に渡り、西洋料理と中華料理を学ぶ。帰国後、西洋の『コンソメ』と中華の『鶏を炊き込む』という技法をミックスさせ、明治38年(1905年)に水炊きの店を開店させたのだ。あれから百余年、その味は守り続けられている。

昭和35年から使っているという大鍋には3~4羽分の骨付き鶏肉が入る。1羽で約15人前がつくれるとのこと

現在、味を守るのは三代目・林田三郎さん。
「発祥の店として末永く続けていかなければならないと思っています。味も守っていかなければなりません。そのために初代から一子相伝で味と技を引き継いでいます。

鶏は九州で育てられた5~6カ月の雄鶏と決めている。
「成長し過ぎると肉がかたくなるし、若鶏だとコクが足りないので、そのくらいが最適なんですよ。雌鶏は脂が多いので使いません」。
そんな考えの元に厳選した鶏でスープは毎朝作られている。

テーブルに出される鍋の澄んだスープの中には、炊かれたぶつ切り鶏肉が入っている

「丸鶏をさばいてぶつ切りにして水の中に入れて炊いていきます。水から炊いていくことが重要です。”炊く”というのは短い時間火を入れることで、“煮る”は長い時間火を入れることです。鶏肉の場合、煮込みすぎると鶏の旨味がすべてスープに出てしまって肉自体が美味しくなくなってしまいますし、スープも澄んだものにはなりません。“水から炊く”、これが『水炊き』と呼ぶ理由かもしれません。アクをとりながら1時間前後つきっきりで炊きます。もも肉のかたまりから骨が少し飛び出してくるような感じになったら、火を止めてそのまま2~3時間おいておきます。そうすると、鶏肉がやわらかくなるんです。初代は炊き方を研究してこのやり方に至ったようです。繊維がくずれてやわらかくなるというちゃんとした科学的根拠もあるようですよ」。

水炊きを食べる時に欠かせない『ポン酢』にも、聞かなければわからない手間がかけられている。その秘密は、実は座敷の下にもあるのだ。
「ポン酢に使う柑橘は、福岡の糸島半島で海風にさらされたダイダイです。厳しい環境の中で育つとても美味しいダイダイです。これを一つずつ手絞りします。男性だと力が強くて苦味や渋味が出てしまうので女性が絞ります。しかも1回だけ。このダイダイの絞り汁を1年寝かせることによって甘味を引き出した後、醤油を合わせてポン酢を作るのです。醤油は薄口と濃口、季節によって味の調整をしています。ぽん酢の味の調整は私だけがやっている仕事ですね。毎年、ダイダイは年末に仕入れて正月明けにしぼります。これは大仕事なんで、私たちにとっては、ダイダイ絞りが終わってからが本当のお正月かな(笑)。ダイダイのしぼり汁は一升瓶に入れて座敷の下に保存しているんですよ」。

座敷の下には、ダイダイの絞り汁が貯蔵されている

スープ、鶏肉、ポン酢以外の食材も、厳選されたものばかり。やはり九州産の生後5~6カ月の雄鶏を使ったミンチ、香り高い柚子を使った柚子こしょうや博多特産の小ネギといった薬味、新鮮なキノコやキャベツを中心とした野菜類…いずれも自慢のものだ。

塩で味付けし、ネギを薬味にスープをいただく

水炊きはスープを味わうところから始まる。澄んだきれいなスープに塩と小ネギを入れていただくと、滋味深い味わいだ。続いて骨付き鶏肉を。爽やかな酸味と自然な甘味のポン酢が鶏肉の味を引き立ててくれる。柚子こしょうの香りとピリリとした辛さもいい。

鶏肉は骨からホロホロと外れる

「食べやすいのはもも肉かもしれないですね。私のおすすめは首のところです。骨と肉をしゃぶるようにして食べていただくといいですよ」。

鶏肉ミンチは子どもたちにも大人気だ

もも肉の割合が多く下味が付けられたミンチや野菜もポン酢によく合う。食べすすめていってもスープそのものには塩味がついていないので煮詰まることはない。鶏の旨味がより凝縮されていくだけだ。
「味噌や醤油で味付けした鍋料理だと、煮詰まるのでそれを薄めるために白菜を入れたりするのですが、水炊きにはその心配がないのでキャベツを入れ、キャベツの甘味も、その他の具材そのものの味も楽しんでいただけますね。水から炊くということ、ダイダイを使ったポン酢で食べること、キャベツを入れること。これらが初代が考えだした元祖の水炊きの特徴です。私たちはその味を守っています。アレンジする必要はないようですね」。

野菜類はキャベツ、エノキ、シメジ、豆腐、冬は春菊、夏は水菜

残ったスープをいただく〆は、素麺を入れる『地獄炊き』か、ごはんを入れ塩と薄口醤油で味付けしてとき卵と小ネギをちらす『おじや(雑炊)』で。
「スープはコラーゲンたっぷりですし、最後まで食べていただきたいと思っています。〆の素麺やごはんを入れる前にも、ぜひスープだけ味わってみてください。私たちは、初め・中頃・終わり頃と、スープを飲んでいただくことを3回おすすめしますよ。それぞれに違った味わいが楽しめます。水炊きは鍋料理でもありますが、スープ料理ですから。何度食べても飽きない、何度食べても美味しい。そんな味を守っていきたいと思っています。新しいものは要らないですね。そして、郷土料理は、気候と風土を感じながら食べるもの。ぜひ博多で食べていただくのが一番だと思います」。

スープをとても大切にしている林田さん。その想いは最後のおじや作りにも表れている。おじやには決して炊きたてのごはんは使わないのだ。
「炊きたてだとごはんの香りが立ちすぎて、スープの風味が損なわれてしまいますから」。

水炊きはスープ料理。一滴も残さずにいただくのが、料理人への敬意でもある。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

鶏肉

九州産の雄鶏の骨付き肉を使用。スープをとった後、そのまましばらくおくことにより、骨離れもよくなり、よりやわらかくなる

スープ

鮮度も必要なため、毎朝作られる。水に骨付き鶏肉のぶつ切りを入れて炊き始め、アクをとりながら1時間前後炊いていく

ポン酢

福岡県糸島半島で海風にさらされたダイダイを女性が1度だけ手絞りする。その後、1年熟成させてから醤油等を加えて作りあげる

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元祖博多水たき 水月 創業明治38年。初代から変わらない味

明治38年創業という博多水たき発祥の店。九州産雄鶏を炊いて生まれるコンソメ風の澄んだスープは、コクがあるのにあっさりとしていて滋味深い。骨離れのよい鶏肉とともにジューシーな鶏ミンチも美味。糸島産ダイダイを手絞りし、1年熟成させてから作るポン酢も100年以上変わらない味わい。当日予約も空きがあれば可能だが、早い予約が無難。

前菜のとり皮酢や鳥刺し、〆のおじやなどがついた博多水たきのコース一人前5700円~(写真は2人前)。『もも唐揚げ』1500円、『肝甘露煮』1200円などの一品料理もある。
水炊きは全国発送も可(3人前10500円・完全調理済)
1階の座敷の下に一升瓶に入ったダイダイ酢が眠っている。2階の個室では『水たきフルコース』1人前8800円(3名以上)がいただける

元祖博多水たき 水月

住所 福岡市中央区平尾3-16-14
電話 092-531-0031
営業 17:00~OS20:30
休み 月曜(祝日の時は火曜休み)
100席 (1階は掘りコタツも有り)
カード
駐車場 あり
URL http://www.suigetsu.co.jp
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