基本的な材料は、鶏、水、塩。通常の食肉用よりも長期間育てた鶏を丸ごと使い、時間をかけじっくりと煮て澄んだスープを作る
トッピングの具材の中心が鶏肉。もも肉や胸肉を手作業で丹念に裂いて細くしていく。スープを作る時に使った鶏肉も使われる
鶏肉に加え椎茸、錦糸卵は欠かせない。パパイア漬けなどの漬け物や、タンカンの干皮などを入れて柑橘類の風味を加えるのも特徴
「毎週土曜の昼ごはんは母親が作ってくれる鶏飯でしたね(笑)。ごはんにみそ汁なんかをかけたら怒られてたけど、鶏飯はそれが堂々とできる料理なのでうれしかったですね(笑)」。
小さい頃を振り返る『けいはん ひさ倉』の店主・久倉勇一郎さん。大島紬の職人さんだったお父様が心機一転、平成5年に鶏飯の店を開店。今に至るのだ。
「私にとっては“おふくろの味”ですが、一般の人が食べるようになったのは戦後から。奄美の郷土料理として特に定着してきたのはここ20年くらいのようですね。鶏飯をまったく知らない方には、『ごはんに具材をのせてスープをかけて食べるお茶漬けのような料理です』と伝えています」。
「母親には少し悪いですが、お店で作っている今の鶏飯の方がだんぜん旨い、美味しいと思います(笑)」という久倉さん。
美味しくなったお店の鶏飯…その一番の理由は決してお母様の料理の腕ではなく、スープに使う鶏に起因している。
「鶏は自家養鶏場で育てています。普通、肉として食べる時は生後60~90日くらいの鶏なんですが、鶏飯のスープに使う鶏はもっと成鳥のほうがいいんです。私たちがスープに使う鳥は2年育てていますね。そんな鶏の肉も骨も普通には売っていませんから、今のようなスープの味を家庭で出すことはできなかったと思います。鶏は、他の鳥が入ってこないように網でかこってはいますが、平地飼いしています。思う存分走って、草もたくさん食べて、鶏の味も良くなりますね。そろそろ美味しいスープが取れそうになったら、それを見極めて大きな虫取り網のようなもので捕まえます。エサを持っていると寄ってくるんですが、網を持った途端に逃げ回りますね(笑)。捕まえたら解体して手で開き、もも肉、胸肉、ささみ、骨などに分けて、調理場に持っていきます。美味しいスープを作るということは、いかにしていい鶏を育てるかということなんですよね。鶏がスープの素ですからね」。
いい鶏を育てることができれば「調理場ではあまりやることはありません(笑)」という久倉さん。とは言え、スープ作りにもしっかりと手間ひまをかけている。
「1つの寸胴鍋に丸鶏32羽分と、15羽分の鶏ガラを入れて煮込んでいきます。水から始めて約1時間で沸騰が始まり、それから、アクと脂を取りながら4~5時間をかけて煮込むと、透明できれいなスープになります。若い鶏を使ったり、煮込む時間が長すぎると白く濁ってしまいますね。1つの寸胴鍋で120人前くらいのスープがとれますが、1日に3回炊くこともあります。鶏スープは鮮度が大事なので、できるだけ早く使い切るようにしています。スープの味付けは注文が入ってから、塩と醤油を加えて、お客さんにお出しする鍋ごとにやるんです。味付けした状態で時間が経つと、味が変わってしまいますから」。
さらに、トッピングに使われる具材にも、同じように手間がかけられている。
●裂いた鶏肉
スープを作る時に使ったもも肉に、短い時間煮た新たな胸肉もプラス。どちらも手で裂いていく
●錦糸卵
自家製卵を1枚ずつ薄焼きして、手で切っていく
●パパイア漬け
自家養鶏場の上にパパイアの木が50本ほどあるとのこと。収穫して2年くらい塩で漬けておいた後、塩抜きして味噌漬けする。鶏飯のトッピングとは別に、お茶うけとして、醤油漬けも添えられる
●タンカンの皮を干した粉
2月に収穫したタンカンの皮をみじん切りにして外で干し乾燥させる。乾燥したものをフードプロセッサーで粉状にする。タンカンの風味を1年中届けようと、久倉さんのお父様が考えたもので、スープをかけると香りが立つ。また、テーブルの上にはタンカンの乾燥粉を使った七味唐辛子も置かれている。 「冬場の奄美は日照時間が短いので、きれいに乾燥させるのは難しいですね。詳しい方法は企業秘密です(笑)」
●ネギ
ネギも店舗裏の畑で栽培
この他に、トッピングの具材には煮付けた椎茸、紅ショウガ、海苔が付く。
「具材は作る人によって変わったりもしますが、鶏肉、錦糸卵、椎茸はどこも変わらないようです。パパイア漬けやタンカンの乾燥粉は奄美らしいものですね。お客さんに『パパイア漬けとタンカンの乾燥粉を分けてください』とよく言われます」。
おひつからよそったごはんに具材をのせ、鶏スープをかけていただく。
「ごはんをおひつに入れているのは、お客さんに、自分たちの手で作ってもらうためです。あとは、具材をお好きなようにのせてどうぞ!! 鹿児島県では鶏飯が給食にも出ていて、カレーよりも人気があるそうですよ。自分で好きなように作って食べるおもしろさがあるからなのではないでしょうか。私のおすすめの食べ方は、ごはんは少なめにして具材をのせ、スープをたっぷりかけることです。ごはんも具材もすべてスープの下にあるくらいの感じで。スープと一緒にかきこむように食べると美味しいですよ。鶏飯は、スープを味わう料理ですからね」。
座敷でお話を聞いていると、瑠璃色も鮮やかな鳥が飛んできた。
「天然記念物のルリカケスですよ。うちのダクトの上に巣を作っているんです。奄美は自然豊かな島ですからね。奄美は、実は日照時間がとても少なくて雨の多い場所なんです。水が豊富だから森もあるし、珍しい動物もいます。地下水も豊富でこの龍郷町の水はとてもいい水なんですよ。水道も地下水ですから。鶏スープにもその水を使っていますから、奄美の自然のおかげで美味しいスープを作ることができるんです」。
やはり、“本当の鶏飯”は、奄美大島でしか食べることはできないようだ。
自家養鶏場で2年間平地飼いした鶏を4~5時間かけて煮込み透明なスープを作る。注文が入ってから一鍋ずつ塩と醤油で味付けする
スープを作る時に使ったもも肉に、短い時間煮た新たな胸肉もプラスし、どちらも手で細かく裂いて具材にする
鶏肉、錦糸卵、パパイア漬け、タンカンの皮を干した粉、ネギ、紅ショウガ、海苔。錦糸卵に使う卵、パパイア、タンカンも自家製だ
国道58号線沿い、奄美空港から車で5分の場所にあり観光客も多い鶏飯の店。平地飼いの鶏を飼育し、毎日5時間をかけて鶏飯のスープを作り、スープをとった後の鶏肉を手でほぐしている。トッピングに欠かせないパパイア漬けやタンカンの乾燥粉も自家製だ。鶏は自家飼育なので、刺身や『地鶏もも焼き』700円、『卵焼き』700円も美味。
住所 | 鹿児島県大島郡龍郷町屋入511 |
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電話 | 0997-62-2988 |
営業 | 9:30~OS20:30 |
休み | なし |
席 | 134席 |
カード | 不可 |
駐車場 | あり |
URL | http://www4.synapse.ne.jp/hisakura/ |