ヤギの骨付き肉を水に入れてじっくり炊いてスープを作る。初めに湯通ししたり丹念にアクを取り除くことで食べやすくする
味付けは主に塩。醤油や味噌を使う場合もある。スープを作る段階では味付けはせず、注文後に味付けして提供することが多い
添える具材はネギやニラなどでいたってシンプル。ヤギの肉や骨から生まれる独特の香りや旨味がストレートに伝わってくる
『居酒屋 はやり』は喜界島北部に位置するヤギ料理がメインの居酒屋。喜界島の中心部からは少し離れているが、島外から訪れる観光客も多い。取材時(9月初旬)は特産品のゴマの収穫時期、お店を営まれている東目(ひがめ)さん夫妻もゴマを栽培されているということで、敷地内には収穫したたくさんのゴマが天日干しされていた。そして、こちらではヤギの飼育もされている。
「うちでもイモヅルなどを与えていますが、喜界島のヤギは薬草をいっぱい食べているんです。だから美味しいんですよ。1年ほど飼育したヤギをさばくんです。まだ子ヤギ(飼育するヤギの寿命は10〜15年ほど)と言えるヤギですね。小さいヤギは小屋から外に出てしまいますが、雨が降ったりエサの時間になると小屋に帰ってくるんです(笑)」。
さばかれたヤギを料理するのは奥様・東目きさ子さんだ。
「みなさんよく食べられるのは、『山羊さし』、『山羊カラジュウリ』、『山羊スープ(やぎ汁)』ですね」。
それぞれの料理についてお話をしていただいた。
●山羊さし
「肉はやわらかいですよ。あまりたくさんは取れませんから貴重なものです。かめばかむほど味を感じることができて、喜界島のヤギは食べやすいと思いますよ。初めて食べた方も美味しいと言ってくださいますよ。皮付きは少しクセがありますが、好きな人はだんぜんこちらですね。ヤギっぽいですから(笑)」。
薄くスライスされた肉はピンク色、かむごとに独特の味わいが広がる。
●山羊カラジュウリ
「ヤギの肉と内臓をヤギの脂で炒め、ヤギのスープを入れてやわらかくなるまで煮込みます。ザラメ、赤味噌、ヤギの血を合わせて味付けし、タマネギとニラを加え炒めてできあがりです」。
しっかりとした甘辛い味付けは焼酎のつまみに最適の一品だ。
「隣の集落の『カラジュウリ』は水分が少なくて、うちほど汁っぽい感じではありませんね。集落ごとに作り方も味付けも少しずつ違うんですよ。血を使う『カラジュウリ』は喜界島だけの料理です。血をそのまま飲む人もいるんですよ(笑)」。
●山羊スープ(やぎ汁)
「肉は刺身や『カラジュウリ』用ですから、『やぎ汁』には少しだけ肉がついている骨を使います。水の中に入れて3時間ほど煮込んでいきます。煮込んでいる時はずっとアク取りをしていますね。注文の後に、塩と醤油だけで味付けします」。
器に注いでネギをちらすだけの極めてシンプルなこちらの『やぎ汁』は、ヤギの独特の風味をあまり感じさせない旨味たっぷりの味わいだ。
「味付けは塩だけのところもあるし、味噌を使うところもあったりします。元々はスープだけをつくり、味付けは食べる人が塩を入れて好みの塩加減で食べるところもありました。これも集落ごとで違ったりします。最近の『やぎ汁』は随分食べやすくなっていますが、家でつくっているところではその味が代々伝わっていますし、昔ながらの『やぎ汁』は香りが少し強いと思います。オスのほうが身体が大きいから肉の量は多いですが、メスのほうが脂が多いので美味しいですね」。
その他、『山羊すきやき』、山羊スープ(やぎ汁)を使った『山羊うどん』といったメニューもある。さらに、メニューには書かれていない裏メニューを教えていただいた。
「睾丸の刺身です(笑)。1頭で2コしかないから貴重です」。
薄くスライスされたものにごま油と塩をつけて食べる。レバーに似た風味の後、口の中でとろけてしまう珍味だ。数が少ないので食べられない時もあるが、一食の価値ありだ。
今は一年中食べられる『やぎ汁』だが、元々はどんな時に食べられていたのだろう?
「元気が出ますから、サトウキビの収穫が終わった後の、疲れた時によく食べる料理ですね。冬場は身体もあたたまりますから。今は飲んだ後に食べる方が多いかな」。
最後に、お二人からおもしろいお話をお聞きした。
「ヤギはたくさん食べ過ぎると一旦力がなくなってしまうけど、それから3日ぐらい経つととても元気になると言われています(笑)」。
他の料理用に肉を取った後、少しだけ肉がついた骨を水に入れ3時間ほど煮込む。煮込んでいる間はアク取りを続ける
スープ作りの途中での味付けは行なわない。注文後、お客さんに提供する直前に塩と醤油だけで味付けする
器にちらすのはネギだけ。こちらの『やぎ汁』は、水、ヤギの骨、塩、醤油、ネギという最小限の材料だけで作られるのだ
喜界島北部に位置するヤギ料理がメインの居酒屋で、島外から訪れる人も多い。奥様の東目きさ子さんがご主人の育てるヤギを料理する。アク取りをしながら煮込み、塩と醤油だけで味付けする『やぎ汁』は、ヤギの独特のほかにはない香りと旨味たっぷりの味わい。ヤギそのものの風味を感じたい方はぜひ刺身を。希少な『睾丸の刺身』を食べられる時もある。