さつまいもを干して粉にしたものとすりおろした山芋やお湯を合わせてこね、『六兵衛おろし』にのせて押し出し、蒸すかゆでる
昆布、カツオなどの出汁をベースに醤油で味付けする。麺に甘味があるので、やや濃い味付けにしている
温めたツユと麺を合わせて器に盛り、ネギやカマボコをのせてできあがり。柚子こしょうが添えられることが多い
島原港にほど近い場所に建つ、1979年開店の寿司屋。生簀もカウンターもある寿司屋だが、二代目店主・伊藤耕一さんの飾らない人柄に魅かれる地元の常連客も多い。
「旬の魚介も美味しいけど、観光の方におすすめなのは島原ならではの味となる『ろくべい(六兵衛)』と『がんば(島原地方でのフグの呼び名)の箱ずし』ですね。2つ合わせても1300円だし、昼ごはんにもぴったりですよ(笑)」。
『ろくべい』を作っていただいた。こちらの麺は島原市の『よしだや』さんから取り寄せたもの。さつまいもの粉とすりおろした山芋を合わせてこね、『六兵衛おろし』で押し出して蒸した麺だ。昆布とカツオ出汁に塩と醤油で味付けしたツユを温め、その中に麺を入れる。
麺が温まったら丼に入れ、カマボコとネギをちらしてできあがり。
「麺をそのままツユに入れると、ツユがにごるので、ちょっと工夫しています。秘密ですが(笑)。『ろくべい』のツユは麺から甘味が出るので吸物などと比べて、やや濃い目にしていますね。麺とツユをれんげですくって一緒に食べてみてください。半分はそのままで食べていただいて、その後、柚子こしょうを入れて食べれば2回楽しめますよ。ツユまで全部食べていただく方が多いですね」。
丼にはツユがたっぷりと入れられているので、ツユもしっかりと味わえる。麺もツユもやさしい味わいだ。
「初めて見たら、麺が黒いのにびっくりしますよね。子どもさんから『チョコレート?』と聞かれたこともあります(笑)。ういろうみたいな不思議な食感だし、おもしろいですよね。昔は黒い麺の上にネギだけちょこっとのせていたようです。うちでは、初めはとろろ昆布をのせていたんですが、合わないのでやめました(笑)。シンプルなのが美味しいようです。『ろくべい』はうちの店でも昔から出していますが、麺があれば手軽にできるし懐かしい味がしますね。甘味がありますし、食べると身体が温まるので、女性に人気ですね」。
『六兵衛』にまつわる昔の話も聞かせてくださった。
「今はさつまいもの粉は島原の特産市場やスーパーなどで売っていますが、昔はみんな自分で作っていました。どの家にも畳をはぐと床下に『いも釜』と呼ぶさつまいもを保存するための穴を掘っていましたからね。その穴にモミ殻とさつまいもを入れて保存していたんです。そして、生よりも乾燥させて粉にしたほうが長期間保存できるので、生のさつまいもを輪切りにして大きなザルみたいなものにのせて天日で干し、石臼でひいて粉にしていたんです。それを水で練って『六兵衛おろし』で突き出して麺にしてゆでて…。祖母がつくっていたのは今のものよりも芋の香りが濃かったですね(笑)。江戸時代、『六兵衛』は米があまり獲れない地域の人々の主食だったと思うのですが、祖母の世代はおもてなし料理だったようで、お盆や正月にみんなが帰ってきた時に、つくっていました。その時は家で飼っている鶏をつぶしてつくってましたから、鶏出汁でしたね。鶏肉も入ってましたし、たまに羽も入ってましたよ(笑)。アゴ(トビウオ)出汁を使うことが多かったですが、ワラスボ(有明海に棲息する珍しい魚)の出汁を使う地域もありました。地域ごとにも家庭ごとにも様々な味があるのだと思います。さつまいもを輪切りにして六兵衛の麺の生地で包んで蒸す饅頭などもありましたよ。昔は砂糖が手に入りにくかったから、あんこではなかったんですね」。
『がんばの箱ずし』と島原ではよく食べられる『キャアメ』の湯引きも出していただいた。歯応えのある『がんば』、ふわりとした後にコリッとした歯応えがある『キャアメ』。どちらも味わいとともに食感を楽しめる料理だ。
「『がんば』は秋口から春先にかけて食べられて、春先が特に美味しいですね。『キャアメ』はエイの仲間で正式名称は『サカタザメ』。湯引きしたものを酢みそで食べると美味しいですね」。
かしこまらずに座れるカウンター席では、島原ならではの味を伊藤さんのお話とともに楽しめるのだ。
島原市の『よしだや』がつくる麺を使用。さつまいもの粉とすりおろした山芋を合わせてこね、『六兵衛おろし』で押し出し、蒸す
昆布とカツオの出汁に塩と薄口醤油で味付けしたもの。麺の甘味を考えて、吸物よりもやや濃い味に仕上げている
温めたツユを入れた鍋の中に麺を投入。麺が温まったら丼にうつしてカマボコをのせネギをちらしてできあがり。柚子こしょうが付く
一人でも気軽に立ち寄れ、カウンターに座って楽しめる寿司店。飾らない人柄の店主・伊藤耕一さんが、『がんば(フグ)の箱ずし』をはじめ、旬の魚介や島原ならではの味わいをすすめてくれる。『ろくべい(六兵衛)』は、吸物よりもやや濃い味に仕立てたツユの中で、口の中でほろりとほどける麺の甘味が引き立つ。柚子こしょうを入れると違う味わいも楽しめる。