高森の田楽には、つるの子いもと豆腐は必ず入る。その他は、コンニャク、季節の野菜、ヤマメなど家や店で異なる
基本は、仕込んでから3年熟成させる『三年味噌』。山椒や柚子を入れたり甘さを変えたりと、作り手が一番工夫するところだ
高森の店では、囲炉裏の炭火で焼くことが多い。まず素材だけを焼き、表面が色づいたら味噌を塗って焼き、香ばしさを出す
「高森では今から700年前に田楽が食べられていたという記録があります。近くの了蓮寺(りょうれんじ)からそのことを記す文献が出てきたんですよ。大分県竹田市にあった岡藩でも田楽が有名ですが、高森田楽も竹田と関係があるのかもしれません。岡藩のルーツは京都にありますからね」。
高森田楽保存会の代表・本田研一さんが田楽について詳しい話を聞かせてくれた。
「高森で田楽が食べられ始めた頃は、いもと豆腐だけだったようです。いもはこの地方でしか育たないつるの子いも。火山灰の土地では米はできませんし、主食だったのでしょう。この地域ではつるの子いもは一般的な食材で、それを田楽にして食べたというのは自然な流れですね」。
しかし、戦後、つるの子いもを栽培することも、田楽を食べることも徐々に減ってしまい、つるの子いもの文化はなくなりかけていたのだという。そんな時、『地域で食べられてきた田楽をなんとか残さないといけない』という有志が集まって生まれたのが『高森田楽保存会』なのだ。
「保存会は昭和30年代後半に結成し、当時はイベントなどで地域外の方にもふるまったりしていました。そうしたところ多くの方に知られるようになり、昭和40年代中頃に、今の店舗という形になったのです」。
結成当時から今にいたるまで、田楽保存会は、つるの子いもと田楽の味だけを守っているわけではない。
「田楽にまつわる昔ながらのものをすべて保存するということが私たちの使命でもあります。つるの子いもを栽培する人、竹串を作る人、炭を焼くひと、豆腐を作る人、コンニャクを作る人、(小鉢につく)山菜を探してくる人、みんながつながっています」。
もちろん田楽に使う味噌も昔ながらの手作りだ。
「かつては農閑期である12月から3月にかけて味噌を作っていました。ベースは麦味噌で、田楽味噌にする時は、3年以上熟成させた少しかたい『三年味噌』と、できたばかりのやわらかい味噌をまぜて、地元の酒『霊山(れいざん)』で溶き、黒砂糖、山椒、みかんの皮などを入れて少し煮込むのです」。
その味噌の味に加えて、食材そのものの味わいを楽しめるのが『高森田楽コース』。田楽にする素材は、つるの子いも、豆腐、コンニャク(椎茸も付いている)、ヤマメだ。
「つるの子いもは、11月の霜がおりる前には収穫してしまいます。昔は土の中に埋めて保存し、食べる分だけ掘り起こしながら、5月くらいまで食べていたようですね。収穫したばかりの秋の新いもは美味しいですよ。泥を落とすのと一緒に皮をはいで、下ゆでしておきます。豆腐は田楽用に少し固く作ったもの。また、コンニャクの原料となるコンニャクいもも、ヤマメも地元産のもの。すべての食材は、高森という場所の大地・水・空気から生まれるものなんです。私たちはメイドイン高森100%を提供しているのです。ちなみに、味噌を塗るヘラも地元で手作りしてますよ(笑)」。
炭火を囲むように串を立てて焼く。塩焼きにするヤマメ以外は、軽く焼いた後、味噌を塗って再び焼く。
「手作りのいい炭を使ってます(笑)。焼き始めたら、串をくるくる回したりしないで、じっと待つことが大切です。囲炉裏を囲んで向かいあって座るので、自分の田楽がどのくらい焼けているのかは見えません。お互いに相手の田楽を見てあげることになりますので、『焼けてるよ』みたいな会話が弾むはずです。囲炉裏で火を使うことは、たき火みたいな感覚になりますし、気持ちも落ち着きますね。それから、空間が心地いいのは炭のせいもあるかもしれません。いつも囲炉裏の中にあって、脱臭や湿度の調整もしてくれますからね」。
虫の声、鳥の声がBGMの静かな空間に、味噌が焼けるいい香りが漂う。どの串も素朴な味わいだ。
空気が乾燥する2~3月、つるの子いもは、焼けると表面の薄皮が破れてピーッと音をたてるのだそう。
「ばあちゃんが『鳴いてるからいもは焼けたよ』とよく言ってました。それは春の少し前のエピソードですね。春は緑がきれいになってきますし、夏はセミの声もします。秋は紅葉も見れますし、、冬はしーんとした静けさの中、炭火の温もりが身体をあたためてくれます。阿蘇の山々も春夏秋冬で表情を変えていきます。自然に囲まれたこの場所で、季節を感じながら食べていただく田楽は、一番のごちそうだと思います」。
高森の田楽は、高森の自然の中で生まれ、続いている料理なのだ。
素材は、つるの子いも、豆腐、コンニャク(椎茸付き)、ヤマメ。食材に関わる方はすべて、高森田楽保存会の仲間でもある
3年以上熟成させた固めの『三年味噌』と、できたばかりのやわらかい味噌をまぜて、地元の酒『霊山』で溶き、黒砂糖、山椒などで味付けする
炭火を囲むように焼く。自分のものを気にするのではなく、向かい側に座った人の串を見て焼き具合を伝える。会話も弾みそうだ
戦後、生産農家がいなくなりかけたつるの子いもを残そう、ずっと食べられてきた田楽を守ろうと始まった保存会が、多くの人に田楽を伝える店となった。食材はもちろん、炭や竹串にいたるまでメイドイン高森100%の田楽だ。3年熟成させた味噌と新しい味噌をブレンドした田楽味噌も、味噌作りから自家製。阿蘇の風景を感じながら素材の味と味噌の味を楽しみたい。