焼酎粕は宝だ。その想いが膨らみ、パンとなった。
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なぜ焼酎メーカーがパンを造るのか。
型破りの発想が生んだ“焼酎モロミパン”とは。
霧島酒造の歴史や焼酎造りへのこだわりを体感できる場所として、連日多くの人で賑う「焼酎の里 霧島ファクトリーガーデン」。
その一角だけ、香ばしくやさしい香りが立ち上る場所がある。
その名も「霧の蔵ベーカリー」。霧島酒造が運営するパン屋である。
2008年にオープンした「霧の蔵ベーカリー」のパンには、霧島酒造の焼酎造りにも使われる「霧島裂罅水(キリシマレッカスイ)」を使用している。さらに最大の特長は、パン生地に焼酎モロミを使用しているところである。
「他の酒造会社の方には、信じられないと言われます」
そう語るのは、「霧の蔵ベーカリー」の店長を務める竹原由季だ。
焼酎モロミ(焼酎粕)は、焼酎製造の蒸留工程で生じる副産物で、昔は廃棄するしかないものだった。独特のにおいもあり、焼酎造りを知っている人ほど、食用に使うという発想に驚くそうだ。
実際、焼酎モロミを使ったパンを製造している酒造会社は全国でも霧島酒造しかない※。
※ 2024年12月現在
焼酎モロミをパンに使うというアイデアはどこから出てきたのか。
元々霧島酒造では、焼酎粕の栄養価の高さに早くから着目し、肥料や飼料として畑に散布していた。
2000年頃から、『焼酎粕は宝』であるという考えのもと、より環境に配慮しながら、焼酎粕を有効利用する方法を検討。微生物の力で焼酎粕をエネルギーとして活用する「焼酎粕リサイクルプラント」の建設などが進む中、食品への活用という案が上がった。
「からだに良い成分がたっぷり入った焼酎モロミの有用性を広く知ってもらうため、食品の中でも、“パン”という老若男女が楽しめる活用法が採用されたと聞いています」
開発は、農研機構九州沖縄農業研究センターとの共同研究だ。
焼酎モロミをこして半透明の液体にしたモロミ液を、パンづくりの仕込み用の水として使う方法がとられた。
当初は、焼酎モロミを入れることでパンの発酵が不安定になったり、独特のにおいが残りすぎたりなど、失敗の連続だったという。
試行錯誤を繰り返し、最終的にルヴァンと呼ばれる発酵種※を作る工程でモロミ液を使うことで、焼酎モロミの良さを味に生かしたパンが完成した。
※ 原料(小麦粉や水)を混ぜ合わせ、酵母や乳酸菌で発酵させたもの
焼酎モロミを使うと何が変わるのか、疑問に思う人も多いだろう。実際に「お酒の風味はするのか」と聞かれることも多いそうだ。
「お酒の風味はなく、最大の特長は食感です。焼酎モロミを使うことで保水性が高まり、“ふんわりもっちり”とした食感になります。焼酎モロミ由来の香ばしい風味もあって、焼き立ての香りを嗅ぐと、幸せな気持ちでいっぱいになりますね」
竹原は満面の笑みで語る。
焼酎モロミ由来の特長を一番感じやすいというフランスパン生地の籠パンは、リピーターや予約客もいるほどの人気商品だ。
利用客は「焼酎の里 霧島ファクトリーガーデン」を訪れる観光客のほか、「霧の蔵ベーカリー」を目当てに訪れる地元の人も多い。
「焼酎モロミをはじめ、こだわりの原料を使用している分、地元のパン屋さんと比べると少し高めの価格設定になっています。それでも焼酎モロミを使ったパンのおいしさを知って、『ここのパンじゃないとダメ』と喜んで買ってくださるお客様がたくさんいらっしゃるのは、とても嬉しいです」
現状、「霧の蔵ベーカリー」のパンは「焼酎の里 霧島ファクトリーガーデン」内でしか買えず、朝9時半に開店してから昼過ぎには売り切れてしまう日もあるそうだ。
「生産量を上げるために製造を委託することも検討しましたが、焼酎モロミや霧島裂罅水など、ここでしか得ることのできない原料を使っているので、この土地以外でのパンづくりはなかなか難しいですね。そのため、全てのパンを『霧の蔵ベーカリー』で製造しています」
焼酎モロミや霧島裂罅水だけではない。バターや塩などの原材料、ピッツァのトッピングにも県産食材をふんだんに使うなど、この土地ならではの素材にこだわっている。
ここでしか造れないものを追求する姿勢は、これまでもずっと焼酎造りで続けてきたことだ。
新たに、麹に着目したパンの研究も進めているそうだ。霧島酒造ならではのアプローチやアイデア、これまで培ってきた研究成果を活かし、新商品を生み出していく。
「『霧の蔵ベーカリー』には3歳の常連さんがいるんです。そのつながりは、焼酎だけでは絶対に生まれませんでした。これまでご縁のなかったお客様に霧島酒造を楽しんでもらう機会を作れることは、私たちの強みだと思っています」
霧島酒造らしさを追求しつつ、従来の霧島酒造にはできないことへ挑戦する。
「霧の蔵ベーカリー」で膨らんだ可能性は、霧島酒造を新しいステージへと連れていくだろう。
※20歳未満の方へのお酒に関する情報の共有はお控えください。