新たな歴史の舞台となるのは、霧島焼酎の原点とも呼べる場所だった。
将棋と焼酎。
異なる文化が、なぜ都城で重なり合ったのか。
きたる2026年11月、第39期竜王戦第4局が都城市で開催される。
挑戦者である服部慎一郎七段を迎え撃つのは、藤井聡太竜王。
史上最年少でのプロ入りから伝説を作り続けている棋士の来訪に、都城市民はもちろん、県内外から注目が集まっている。
その大舞台の会場となるのが、「霧島創業記念館『吉助』」(以下『吉助』)だ。
『吉助』は、もともと本社・川東工場にあった創業者・江夏吉助の住居兼創業社屋を、『焼酎の里
霧島ファクトリーガーデン』内に移築した建物だ。大正時代の商家の佇まいを色濃く残しており、普段は霧島酒造の歴史を伝える記念館として開かれている。
「実は26年前の移築のときから、『吉助』と将棋は深く関わりがあるんです」
そう語るのは、宮崎県将棋連盟副会長、都城支部支部長を務めていた村松勇作さんだ。
26年前、村松さんのもとにとある相談があった。
「将棋の女流王将戦を都城で開催したいのだが、ふさわしい会場に心当たりはないだろうか」
唐突ともいえるその相談が、すべての始まりだった。
「ここ都城市でタイトル戦を行うなんて発想は私にはなかった。驚きましたし、ワクワクしました」と、村松さんは当時を振り返る。
会場の工面を依頼された村松さんは、デパートやホテルなど様々検討するなかで、以前より付き合いのあった霧島酒造三代目社長
江夏順行(現会長)にも相談を持ちかけた。
相談を受けた順行から出た言葉は、村松さんが思ってもいないものだった。
「ちょうど今年、私が生まれ育った家を移築して一般開放する話があるんだ」
大正時代から続く歴史ある屋敷。対局場としてうってつけの場所になると村松さんは確信した。
そこからは順行自ら関係各所に頭を下げ、本来は数ヶ月先であった移築工事予定を女流王将戦の開催に合わせて前倒し。2000年5月、「霧島創業記念館『吉助』」の移築事業のこけら落としとして、都城で初の女流王将戦が開催された。
それからも霧島酒造と女流王将戦の歴史は続き、今年も第48期の対局が無事行われた。2004年からは会場の提供だけでなく、実行委員会とともに前夜祭、大盤解説会、指導対局会、イベント将棋など、広く市民や関係者に楽しんでいただくための催しも含め、女流王将戦を盛り上げている。コロナ禍など、中止の危機も幾度となくあったなか、柔軟に対応し、今年で27回連続での開催となった。
「今回の竜王戦開催は、女流王将戦での実績を評価いただいた部分が大きいと思っています」
そう語るのは、霧島ファクトリーガーデン事業本部の細山田浩二だ。
将棋のタイトル戦は、自治体やホテル、旅館、文化施設からの立候補制で決められることが多く、竜王戦にも全国から多数の手が挙がる。7番勝負という限られた枠に選ばれることは、栄誉であると同時に極めて狭き門なのだ。
そこに手を挙げたのが都城市だ。2006年の1市4町の合併から20年を祝した「新市誕生20周年記念事業」の一環として、都城市民が楽しめるイベントを誘致したいとの想いだった。
開催地の決定までには、幾度かの視察が入り、タイトル戦を行うに十分な場所か厳しいチェックがあったという。
「女流王将戦を行っているので、控え室が用意できるか、トイレはどこにあるか、俯瞰や真横から撮影が可能かといった設備面の基本的な基準は満たしていました。そのうえで、周りに集中力を乱すような騒音がないか、都城市の方が確認のため録音に来られたこともありました」
開催時期は行楽シーズン真っ只中。『焼酎の里
霧島ファクトリーガーデン』も多くの観光客で賑わう可能性が高いことから、静かな環境を保つための対策は、施設側でも可能な限り講じた。
その他、100名近い関係者たちが待機するための控え室や、生中継に必要な臨時回線を設置できる環境の整備など、実務的な面でのハードルも一つひとつクリアしていった。
かくして、第39期竜王戦第4局、早ければ竜王が決まるかもしれない大一番の開催地に選出されたのだ。
村松さんも「女流王将戦の立ち会いでこられた男性棋士の方も、“ここで将棋を指してみたい”と憧れを口にされていました。都城の迎賓館と言ってもいい場所で、竜王戦が行われるのが楽しみです」と、溢れる喜びを口にした。
「将棋という古来の文化に、霧島酒造という企業が理解を示し、都城の方々や子どもたちへの普及に貢献してくれている。将棋界にとっても、ありがたいことだと感じています」と、村松さんは語る。
また、細山田は「『将棋のまち・都城』と呼ばれるくらいもっと将棋を盛り上げて、それがひとつの地域貢献になれば、続けていく意義があると感じます」と、これからへのさらなる意欲を語った。
将棋界と都城市、そして霧島酒造。偶然の出会いから始まった26年前の一歩は、地域に根を張り、文化の芽を育ててきた。
一局一局の盤上に注がれてきた想いは、今や街全体の誇りとなり、次なる大舞台へとつながる。
「霧島創業記念館『吉助』」は、霧島酒造の歴史を伝えるシンボルとしての役割のみならず、地域貢献・文化継承の発信地としてこれからも新たな価値を生み出し続けていく。
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