細島港に揚がった新鮮なカツオが使われることが多い。さばいて三枚におろして切り分けた身を、炙った後で小さく刻む
『こなます』に使う調味料は基本的に塩だけ。カツオの味と塩加減が『こなます』の味わいを左右する
刻んだカツオに塩とごはんを合わせ、よくこねる。まるい形に整えた後、表面をこんがりと焼く
「よう来たね」。かつてはマグロ船に乗り漁師をしていたという気風のいい店主・是澤吉幸(これさわよしゆき)さん。「地元の魚が美味しいと思ってもらえたらうれしいね」と、地獲れの魚介の味をしっかりと引き出した豪快でシンプルな漁師料理がベースの店だ。黒板にはお造りなど、その日に獲れた魚介を使った料理が書かれている。通常のメニューにも『かつお腹身焼』、『シビワタ(マグロの胃袋。ごんぐりと同じだが人によって呼び名が異なる)唐揚げ』といった料理が並ぶが、メニューに書かれている文字はどれも大きい。「大きく書いとったら、種類がいっぱいあるごと(あるように)見えるやろ(笑)」。
壁に貼られた『こなます』の説明は一言。“かつおの焼おにぎり。塩味”。「かつおと塩とごはんだけで作るけんね」。その作り方を教えていただいた。
まずはカツオの下ごしらえ。
「かつおをさばいて三枚におろして、4つのサク(魚をブロック状に切り分けたもの)にします。背中側は“オンブシ”、腹側は“メンブシ”と呼ぶよ。サクに軽く塩をかけて炭火で焼くんやけど、このあたりでは“焼き切り(やっきり)”というね。カツオのタタキみたいなもんで、それだけでも旨いよ」。
焼いたカツオをボウルに入れた是澤さんは、ハンバーグのタネをこねるように、手でサクをつぶし、こね始めた。
「漁師が船の上で作りよったものやから、上品な“料理”とは違うよ(笑)。漁の合間に簡単に作ったものやけんね。カツオの身をつぶしたら、塩入れて、ごはん入れてよくこねてまるめて焼く。それだけやね。船の上でのおかずは獲れた魚。カツオを刺身にしてごはん食って、つまみにして焼酎飲んで、それでも食いきれんで、悪くならなんように塩して焼く。焼いたやつも食い切れんので、つぶしてごはんと混ぜておにぎり風にして焼いたのが『こなます』。保存もできるけん大量に作って、持って帰りよった。おか(陸地)ではごちそうやったね。方言で“こねまわす”ことを“こなます”と言うので、それが名前の由来やね」。
グリルでこんがりと焼いた『こなます』はほどよい塩加減とカツオの風味で、何個でも食べられる旨さだ。
「ごちそうやないかもしれんけど、素朴でしみじみ美味しいよね。作る人によってねり方や塩加減が違うので、味も変わる。アジやサバでもできるかもしれんけど、やっぱりカツオが旨いんよね。味噌のっけたり、醤油塗って焼いても旨いとは思うけど、『こなます』は塩味以外ないね(笑)。昔は醤油も貴重品やったろうしね」。その歴史については「明治生まれの俺のじぃさんが作りよったけん、明治にはあったとやろう。じぃさんはにぎったものを網の上で焼くとやなくて、そのまま七輪にぶっこんで、焼けたら灰をはらって食べよったよ。やっぱり“料理”とは言えんかもしれんね(笑)」。
カツオは春に北上する“上りカツオ”と秋に南下する“戻りカツオ”が知られているが、『こなます』の味わいも使うカツオによって変わるとのこと。「上りカツオは、少し酸味があってさっぱりした味わいで、戻りカツオは脂がのっとるね。戻りカツオは焼いた時に脂が弾けてバチバチと音がするよ。10月からは脂がのった戻りカツオを使うので『こなます』も旨くなる。カツオ好きにはたまらん(特に旨く感じる)と思うよ」。
人々が集まり宴会を行なうことも多い漁師町・細島。是澤さんもそんなにぎわいが大好きな方だ。「正月、節句、梅、桜…みんなで飲む機会は多いし、年中飲みよるね(笑)。そんな時に『こなます』を食べることは多いよ。祭りの時にふるまうこともあるね。腹にたまるし、おやつ代わりにもなるし、カツオとごはんの量が半々くらいだから、焼酎のつまみにもなるんよね(笑)。『こなます』をこぼしりながら(少しずつちぎりながら)、焼酎飲むと旨いよ。作る時によくねっておかんと、ちぎった時にぼろぼろ崩れてしまうね。つまみを前提に作りよるのかもしれん(笑)」。細島で人が集まる時、『こなます』は欠かせない郷土料理なのだ。
細島に揚がる新鮮なカツオをさばき、三枚におろしてサクにする。軽く塩をした後、表面を炙る
味付けは昔からの作り方と同じで塩だけを使う。その時のカツオに合わせ、旨味を引き出す絶妙な塩加減だ
焼いたカツオに塩をかけ、手でつぶしてよくこねる。ごはんを加えてさらにこね、まるく形を整えて焼く
気風のいい元漁師の店主・是澤吉幸さんが作るのは、豪快でシンプルな漁師料理がベース。地獲れの魚介の味をしっかりと引き出している。まずは黒板に書かれたその日ならではのお造りを楽しみたい。『こなます』は、たっぷり入ったカツオの旨味を絶妙な塩味が引き立てる。飲んだ後の締めにもぴったりだが、ちぎりながら食べれば焼酎のつまみにもぴったり。