姿からは想像がつかない美味
干して炙って食べる有明海の珍魚
『わらすぼ』は日本では有明海にだけ棲息する珍しい魚。ハゼ科だが、細長い体型や表面がヌルヌルとしているところなどはウナギに似ている。しかし、退化して点でしかない目や尖った牙を持つ顔立ちはウナギとは異なりグロテスクだ。映画『エイリアン』に登場する宇宙生命体『エイリアン』に似ていると言われることもある。地元では『じんきち』や『すぼ』と呼ばれることも多い。
有明海沿岸で昔からよく知られている『わらすぼ』の食べ方は、内臓を取って干した後、炙って食べるというもの。エラから口にひもを通して干すので、『干しわらすぼ』はメザシのようにまっすぐではなく、頭のところが少し曲がっている。また、口が開いた状態になるので小さな牙も見え、干したものでもやはり顔は不気味だ。そのままだと骨がかたいので、木槌などで全体を叩いてやわらかくしてから炙る。香ばしい香りと濃縮された旨味、サクッとした軽い食感は見た目からは想像できない深い味わいで、焼酎がすすむ。
身体が大きくなる春から夏にかけてが『わらすぼ』の旬。この時期に獲って干物にしたものを一年中食べることができる。また、旬の時期に獲れた新鮮なものは刺身でもコリコリとした歯応えが美味しい。『わらすぼ』は、見た目と味わいのギャップもおもしろい有明海の珍味だ。
■漁師さんのお話
『わらすぼ』について、『佐賀県有明海漁業協同組合 芦刈支所』の畠田米次さんにお話をうかがった。
●漁について
「『わらすぼ』は有明海にしかいない魚。このあたりでは『じんきち』とか『すぼ』とか呼ぶ事も多いね。腹のとこに吸盤みたいなのがついとって、ふだんは海底にくっついとるみたいやね。漁の時期は春から夏の間。その時が一番肥えとるけんね。俺らは大潮の時に泳ぎよるのを網で獲るよ。満潮の1時間後から干潮の1時間前まで4時間ぐらいが勝負やね。海がしけた時がよく獲れるよ。海が荒れたら、海の中がかきまぜられるからやろうね。船に揚がった時、暴れてかみつくけど、そげん痛くはないよ(笑)。オスもメスもおるんやろうけど、獲ったやつはどいでん(どれでも)卵を持っとるみたいなんで不思議やね。
獲れたらすぐに船の生簀に入れて、生きたまま市場に出すのも多いよ。昔は干したものしか売れんかったけど、今は生でもたくさん売れるけんね(笑)。あとね、獲り方として『すぼかき』(柄の長い釘抜きのような道具)を使った漁もあるよ。干潟の中におる『わらすぼ』を狙って、すぼかきを打ち込むんよね。
干潟の中におるのは見えんから、とにかく打ち込みまくって一匹ずつひっかけるんよね。泥がはねるけん、えらい汚れて、自分も『わらすぼ』みたいに泥だらけになるよ(笑)。前は大きいのは40cmくらいのがおったけど、大きいのはあまり獲れんくなってきたね。『わらすぼ』が集まるところも減少しつつあるよ。昔はものすごく獲れて、畑の肥料にもしよったんやけどね」。
●干し方について
「エラから口にひもをとおして干すんよね。だけん、干したわらすぼは頭のとこが曲がっとるんよ。天気のいい時は1日くらい外に干したらできあがり。前は猫が天敵やったけど、今はカラス。気がついたら干しとる『わらすぼ』の身のとこば全部食べられてしまってから、ひもについた頭だけが数珠のごとなっとった(笑)。干すのもたいへんなんやけどね。カラスは頭がいいから、マネキンはカラス除けにはならんね(笑)」。
●食べ方について
「干したわらすぼは、たたいて骨を砕いてやわらかくしてから炙って食べると美味しいね。干したのを煮てもいいし、刺身や甘露煮もいいね。焼酎のつまみに最高やろ。『わらすぼ』は顔も悪かし、色は紫色で気持ちの悪か。『マムシですか?』と言った人もおったよ。けど、こがんしとーばってん(こんなふうだけど)、うまかもんね。有明海の魚はみんなこがんやね(こうだね)(笑)。昔は干して乾燥させた『わらすぼ』をすりつぶして粉にした『もくさい』というのがあったよ。カルシウム満点やし、産後の乳の出がよくなるといって重宝がられよった。ふりかけのごとして食べたりしてね。一升瓶1本で1万円ぐらいしよったよ。今はなんでも食べ物があるし、これからの人はあんまり『わらすぼ』食べなくなるかもしれんね」。
■わらすぼの生態について
『佐賀県有明海水産振興センター』の野口敏春さんにお話をうかがった。
「『わらすぼ』は泥の中にある巣に棲んでいると考えられています。しかし、有明海を泳いでいる『わらすぼ』もいるようなのです。干潟の中にいるのが普通なのか、泳ぐのが普通なのか、泳ぐ時期と干潟に潜っている時期があるのか…実は謎の多い魚で、まだわからないことも多いんですよ。顔はグロテスクですし色も不思議な色ですね。海水中を泳いでいるものは青っぽいようです。生まれてすぐは目があるのですが、徐々に小さくなって成魚では点でしかなくなってしまいます。有明海は海水が濁っていますし、干潟の中は目があっても役にたちません。だから退化してしまったのでしょうね。小さい貝とか虫などを食べているようで、アゲマキ(貝の仲間)も食べてしまうんですよ。ハゼの仲間で総排泄腔(そうはいせつこう)を見るとオスとメスがわかります。昔はたくさん獲れていたようで、畑の肥料にも使われていたようですね」。
■佐賀県有明海水産振興センター
住所/佐賀県小城市芦刈町永田2753-2
電話/0952-66-2000
横に併設された『水産展示館』では有明海の魚介についての展示があり、見学することができる
『干しわらすぼ』を木槌などでたたく。中にある骨を砕いてやわらかくする。炙った後で食べやすくするためだ
反ったり波をうったりしないようにおさえたり網ではさんで焼く。何もつけずにそのままかじるのが基本的な食べ方
春から夏にかけての旬の時期は刺身や、生の身を甘辛く炊いた『わらすぼ』を食べることもできる。味噌汁に入れる地域もあるとのこと
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